思考過多の記録
DiaryINDEXpastwill


2005年12月22日(木) 妖怪がこの国を徘徊している その1

 この1ヶ月間、カラスの鳴かない日はあっても「姉歯」という名前がニュースで聞かない日はなかった。それほど、マンション・ホテルの耐震強度偽造問題は人々の耳目を集めた。
 おそらく、ここ1,2週間の中で各局が放映すると思われる「今年の重大ニュース」の中で、「日常生活の中の安全性が大きく脅かされた1年でした」などというリードとともに、尼崎の列車脱線事故と一括りにされて扱われるのだろう。
 マンションやビジネスホテルといった、普通の人が日常的に生活・利用する場所の耐震強度が偽造されていたというのは、かなりの大問題である。実際に間引かれていたのは鉄筋やコンクリートだが、それはまさに我々の社会を支えていたものの間引きであり、日常生活そのものの「強度」が偽造されていたということであり、それを誰も見抜けなかった、いや、正確に言えば、見抜く気がなかったということだ。



 この間、メディアの報道や国会での参考人質疑、証人喚問等を通じて、様々なことが明らかになりつつある。当初から、これは姉歯氏という特異なキャラクターの人間による特異な事件だとは、僕は思ってはいなかった。確かに、ヒューザーの小嶋社長や総研の内河所長など、ひと癖もふた癖もありそうな人物たちが登場している。しかし、彼等は生まれるべくして生まれた存在ではなかっただろうか。
 僕はこの事件には二つの社会的な背景があると考えている。一つは、「コスト優先」の経済政策という構造的背景、もう一つは倫理観の喪失という精神的(社会心理学的といった方がいいのかもしれない)背景である。



 一つめに関していえば、この件の「黒幕」といわれる総研が「コスト」重視の建築計画を立てるように施工主や設計士に迫り、ヒューザーなどの販売会社が「低価格」を売りに業績を伸ばした背景には、言うまでもなく竹中平蔵を立役者とする小泉政権の経済政策があった。あのバブル崩壊直後に、政府が大手ゼネコンのみを救済したという事実が、木村建設のような中堅どころの建設業者のトラウマになっていたことは想像に難くない。しかしそれ以上に、コスト・効率優先の経済活動を推奨し、経済政策や銀行の融資などを通じて競争を煽り、それを徹底させてきたのは、他でもない「国」、正確に言えば小泉政権である。
 内河所長以下総研スタッフの頭の中で、鉄筋を減らすこと=建設コストを下げること=利益を上げることが至上命題になっていたのも、小嶋社長以下ヒューザーの社員達が「低価格・高収益」のマンションを求めて突っ走ったもの、木村建設の篠塚元東京支店長が姉歯氏に執拗に鉄筋の量を減らすように設計変更を迫ったもの、結局は建築コストを下げ、建築期間を短くすることで納期を早め、それによって収益を上げることこそが、経済的に「善」であるという思想があったからに他ならない。そして、それは何も建築業界だけに求められていたことではなかったのである。姉歯氏は、自分の生活のために、ただそれに従っただけだった。



 住宅の建築確認というどう考えても「公」の仕事を、民間に任せてしまったもの、同じ文脈の中である。小泉首相の‘口癖’は、「民間で出来ることは民間で」であるが、この論法で、本来あまり民間にやらせるには相応しくない仕事まで民間に開放してしまった。
 お役所は「無責任」「事なかれ主義」という欠点があるが、民間は「利益追求最優先」という特徴がある。これが「検査」という仕事とマッチングするかどうかは、よく考えれば分かる筈だ。利益を出そうと思えば、短時間に多くの検査をした方がいいに決まっている。また、早くOKを出さなければいけないという販売会社からの圧力もあるだろう。その条件の中で、とても「正しい」検査が出来るとは思えない。



 総体として、このシステムでは全てが「効率・経済性=コスト最優先」で動いている。最も優先されるべき住む人の「安全性」は、殆ど顧みられていないといっていい。総研の内河所長やヒューザーの小嶋社長の発言を聞いていれば、それがはっきりと分かるだろう。彼等は徹頭徹尾、地震に耐えうる鉄筋の量はどのくらいかということより、よりコストが安くなる鉄筋の量を気にかけていたのである。
 しかし、それも無理からぬことである。いや、むしろ今の社会状況の中では、彼等の振る舞いはまことに理に適ったものだったのではないか。たとえ彼等の振る舞いが、暮れも押し詰まって世の中が浮かれ、喧噪に満ちているこの時期に、生活も将来も破壊されて安眠を奪われたたくさんの人達を生み出す結果になっていても、だ。



 「コスト重視」という妖怪が日本中を徘徊している。それを生み出したのは「グローバルスタンダード」という名の資本主義の鬼っ子である。そして、それをこの国で育てたのは小泉政権であり、彼等を支持した国民である。
 そしてその妖怪が、国民生活の「安全性」という鉄筋を食い荒らした。因果は巡る、というやつだろうか。
 姉歯達の責任はとことん追及されなければならない。検察は事件の図式を描くだろう。しかし、ことはそれで終わりではないのだ。
 耐震強度の問題に限らず、やがて我々は、この国の鉄筋が至るところで間引かれ、嘘で固めた構造計算書がでっち上げられていることを知るだろう。姉歯的なるものは、この国に充ち満ちている。何故ならば、この国は、妖怪に魂を売ってしまったのだから。



 このことは、二つめの問題である「倫理観の喪失」にも深く関わっているのであるが、それはまた別の話。


hajime |MAILHomePage

My追加