思考過多の記録
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「今年こそは、世の中が平和で、みんなが幸せに暮らせる、いい1年でありますように。」 年が変わるとき、世界中の殆ど全ての人達が、様々な神に対してそう祈る。 そして、毎年そういう1年であったためしがない。 世界中で、また僕達の身の回りで、たくさんの凄惨な事件が起こり、弾丸が飛び交い、多くの人々の血や涙が流れ、悲しみと怨嗟が世界を覆う。 勿論、それと同じくらい笑顔もあった筈なのだが、年の終わりにそういうことは不思議と忘れ去られている。 そして、年が明けるとともに、悲しい記憶もまた、忘れ去られていく。
毎年毎年、直線的に進行する時間の中で夥しい出来事が起きるが、僕達はそれを「断片」として記憶する。そして、それは徐々にすり切れていき、書き記された文字は読めなくなっていく。 年の終わりに僕達が振り返るのは、まるで大きな固まりのようになった出来事の集積である。ディテールも生々しさも失われてしまったそれを見て、僕達は言う。 「あまりよく覚えてないけど、あまりよくない1年だったな。」 そうして長い歳月の中で、たくさんの固まりが集積され、その一つ一つはもはや元の形が判然としないまでに押しつぶされてしまう。 そうして、僕達の一生は過ぎていく。
今年1年が、これまでの1年と違う1年になることは間違いない。 ただ、この1年が過ぎたときに、僕達はいったいいくつの事柄を覚えていられるだろうか。 そして、思い出せない出来事を積み重ねながら、僕は、僕達はどこまで行くのだろうか。
1年の始まりに、世界中の多くの人々が高揚感をいだき、カウントダウンをしてその瞬間を待つ。そして花火や爆竹でその到来を祝福する。 1年が終わる頃には、殆どの人達がその高揚感を忘れている。そして、自分達が年の初めに祈ったことも、その内容も忘れている。そして、また1年前と同じことを祈る。1年前と同じ高揚感の中で。 そんな1年が、また始まる。
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