思考過多の記録
DiaryINDEXpastwill


2006年01月08日(日) 「どこへ行くか」ではなく、「どこまで行くか」

 昨夜、演劇関係の知り合いの新年会に出席した。前の芝居で知り合った人達や、今関わっている人、そして初対面の人と、様々な人達と話をした。短時間しかいられなかったので話せなかった人もいたのだが、楽しい時間だった。



 僕宛の年賀状を見ていると、自分の時間が他の人達と異質な流れであるのがよく分かる。
 今から10〜15年程前、僕の周囲は結婚ラッシュだった。年賀状には、幸せそうな結婚式の写真が多く見られた。それから数年後、今度は出産の知らせが届くようになり、赤ちゃんを抱いた両親や、赤ちゃん本人の顔写真が年賀状を席巻した。そして、年賀状の中の子供達は年を追うごとに成長していった。七五三や幼稚園の入園の様子が伝わってきた。何かの発表会等のイベントで活躍するかわいらしい姿も多く見られた。さらに数年後、今度は小学校の入学式で、おめかししてランドセルを背負った子供達が、緊張した顔でファインダーを見つめていた。一緒に移っているその子の親は、たいていが笑顔だった。
 そしてここ数年、僕宛の年賀状から、子供の写真が消えつつある。イベントごとに報告されていた子供の様子の記述自体がなくなっている文面も珍しくない。僕の知り合いの多くの家庭では、子育ては次の段階に入りつつあるようだ。



 僕の年賀状は、相変わらず芝居の報告をし続けている。自分の家族に関する記述は皆無だ。それはそうだろう。僕は僕の家族を持っていない。
「おばさんになる前に、結婚式に呼んでね」
僕の女友達がウエディングドレス姿でこう言い残して花嫁の控え室に消えて行ってから、今年で12年になる。彼女と僕は同じ歳だ。僕がおじさんなのだから、彼女は残念ながらおばさんになっているだろう。今年、彼女から来た年賀状には、彼女の2人の娘が笑顔で写っていた。



 池袋の地下にある小さなバーを借り切って行われた新年会に集まったのは、殆どが演劇関係者だった。その殆どは、多くの人達に認められ、「プロ」と呼ばれる日を夢見て、所謂「普通の」生き方から降りている人達だ。
 そこには、熱気と焦燥感と幻滅と情熱がない交ぜになった、地上の街の日常とは全く別の時間が流れていた。そして、僕はある部分において、確実に彼等と同じ時間の流れを共有しているのだと分かった。



 もはや行けるところまで行くしかない。たとえこの道が正しい方向ではなかったとしても、ここまでくると引っ込みがつかない。もはや正しいことと間違っていることの区別などどうでもよい。

 「どこへ行くか」ではなく、「どこまで行くか」。

 僕にはもう他に選択肢はないのだと、あの空気の中で思ったのだった。


hajime |MAILHomePage

My追加