
ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年03月10日(土) ■ |
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家族の標本〜我が家の場合〜(その2) |
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こういう話は伏せておこうとも思いました。 少し時間が経ってからとも思いました。 が、やはり記憶が鮮明なうちに書いておきましょう。 タイトルは柳美里さんの、まだ読んでいないエッセイから拝借。 絶対近いうちに読む予定です。
自然と目がさめた。 眠れなかったというわけではない。 なんとなく・・・である。
時計はまだ5時を指している。
「早すぎるな」
しかし私は朝の支度を始めた。
今日の面接は午後から。 決してこんなに早く準備する必要はないのに・・・。
準備が出来次第私は出発していた。 目的地は無論病院。
面接には行くつもりだったが、それまでにできるだけ多く病院にいよう。 何故かそんな気持ちだった。
昨夜は親父が朝夜通しついていたらしい。 今朝になって忠志兄と交代し、仮眠をとりに帰宅したらしいのだ。
そんなわけで、私は忠志兄と二人だった。 忠志兄も色々な事を話してくれた。 こうして伯母や従兄と話す機会は本当に今までなかった。
なんだか妙な気分だ。
午後には由美姉が息子二人(2歳と1歳)と旦那を連れてきた。 ばーさんにとっては ひ孫になるんだぁね。 ひ孫が呼びかけた時、確かにばーさんは反応した。 閉じられがちだった目が、キョロキョロとひ孫を探していた。 何か云いたそうな口元・・・ 喋らせてやれないのがもどかしい。
そして、私は就職活動に戻った。 午後からは、面接があるんだった。
グループディスカッションだったが、 ばーさんの事は切り離せて、全力を出せたと思う。 もっとも、それでもうかってる気は少しもしなかったけどね。 スポーツ、海、外食、ディスカウント、∞、宇宙、旅行、 等のテーマのうち一つを選んでのフリートーク。 一人、凄く上手な奴がいた。 沈黙が落ちそうになったら新しい話題を提供し、 喋ってなさそうな奴に水を向けてやる。 こいつはきっと、合格だな。 私はかなり・・・微妙だな。 結果は見てのお楽しみ・・・か、ま、やるだけの事はやったさ。
そして、一度京都にもどって服を着替えたらまた病院へ。
今夜は父親と二人で徹夜だろう。
今のところ、ばーさんの容態は安定しているが・・・
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