
ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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| 2001年08月15日(水) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 �杏駄召蓮� |
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天気 悔しいぐらいの快晴
あー、畜生、時間が長いぜ。 俺は今朝からずっと横になったままだ。 いや、昨日診療所に行ってからずっとだからもっと長いか。
ともかく昨夜、診療所には先生はおらず、医大生に診察してもらった。 熱が38.5℃で腹痛が激しい。 これは風邪から来る炎症ではないかと診断された。 喉の痛みはうったえていないのだが、どうやら喉も晴れていたらしい。
夜、暗くなった部屋で寝ている俺の周りで、 仲村や立花が頭の下の氷を変えてくれたり、 水分補給にとポカリを持ってきてくれたりテキパキと動いてくれていた。
彼らが余りよく動くので、手持ちぶたさで、 しかし心配そうに遠くから様子を見てくれている山田や梓の姿も見えた。
「仕事の方は気にしないでしっかり治して」 そう言ってくれてるのは大東さんの声だった。 皆には本当に迷惑をかけたし、申し訳なかったと思う。
が、今朝になって多少熱が下がって(それでも37℃)、 周りの皆が朝の仕事に向かうと、 朝4時に起きる癖がついてしまった自分は大変な寂しさを感じた。 皆が働いている時に働けないのがこんなに淋しくて苦痛なものだとは。 おまけに外は悔しいぐらいの晴天。
ああ、畜生〜。
その後、このきちんとした医療設備のそろっていない山小屋で、 俺の病名はどんどん変化していった。
まず疑われたのは盲腸。 だが、触診、問診を繰り返すうちに、
「(患部のあたりに手を当てて)押した時と話した時とどっちが痛いですか?」 「押した時・・・・かな?(よく分かってない。)」
実はこの時点で盲腸ではないと判断されたらしい。 他にも
「(背中のあたりをたたきながら)響きますか?」 「あ、響きます。痛い。」
この時点で尿管血石が疑われ、俺は水を死ぬほど飲むことになる。 排尿も1時間に1回ぐらいのペースでおこなったが、 血石らしきものは出てこない。 出る瞬間ものすごく痛いらしいが、出てしまえば治る、ということなので、 尿管血石だったらいいのになぁ、とまで思ったほどだ。
しかしこの医大の長谷川さんは、どうやら俺の気持ちをよく分かってくれているらしく、 特に何か言ったわけではないのに、
「今日中にはなんとか治るように考えますからね。」 と言ってくださった。 仕事を他の人々に任せっきりなのが一番つらいと言うことを、 どうやらわかって頂けている様でその心遣いが非常に嬉しかった。 きっといい医者になるよ、この人は。 そんなことを心の中で考えていた。
夕方には先生が戻ってきて、再び診察された。
「ここの設備でははっきりしたことは言えないが、やはり虫垂炎の可能性が高いね。」 やはり盲腸か? ともかく、この診断によって俺の絶飲・絶食・点滴生活が始まった。
夕方頃、元・岸本さんがいた個室に移動しないかと勧められた。 俺としても、夜に点滴の交換をしてもらったりする時に、 他の同室の人間に迷惑がかかることなども考えられたので、 少し淋しいけれどその誘いを受けることにした。
それでも、夜には仲村や山田、梓たちがそれぞれ遊びにきてくれたので退屈はしなかった。
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