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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年08月16日(木) ■
「夏の漂泊編」 第1部 �吋悒蝓�/ 第2部 �‘�院

天気 引き続き悔しいぐらいの快晴

朝一番で医大の消化器系専門の先生が帰って来た。
今までの先生や、医大生の話を聞き、
その後で俺の腹を触ってみて

「虫垂炎でほぼ間違いないでしょう。下山ですね。」
と判断を下した。

この診断しだいで俺を下山させるべきかどうかが決まることになっていたらしい。
診断後、支配人が現れ、俺を下山させることが決まった旨を伝えに来た。
下山には県警のヘリを使わせていただけることになった。
むしろ、救助隊も今夏ほとんど出動の機会がなかったらしく、無料で飛んでくれた。
通常はヘリが1度飛ぶと100万円ぐらいするといわれている。

ある程度は歩けるのでヘリが到着したら乗り込むまでは自分の足で行った。
医大の先生と、医大生1人が付き添ってくれ、ヘリは飛び立った。
荷物はバイトの皆がまとめてくれたらしい。

抜けるような青空の中やってきたヘリに向かって俺は点滴をもってもらって走って行った。

宿舎のバイト、従業員、全ての人が見守る中、ヘリは再び飛び立った。

「また上っておいでね」
バイトの誰かがそういってくれたのが耳に残った。
ああ、覚えてろよ。
いつか必ず、しかも近いうちに帰ってくるからな!

第1部 白馬岳山小屋バイト編 完


第2部 O町某病院編

ヘリで約10分、救急車で約5分の行程。
そして病院に入ってから。

俺はヘリに駆け込んだ人間でだったのが嘘のように病人らしく扱われた。
ヘリに乗った時、景色見たさのあまり、

「寝てるより、座ってた方が楽です」
等と口にしてみたのだが、シートベルトをおなかのあたりに締めるわけにも行かず、
結局横にされ、その後は一歩も動かせてもらえなかった。

O町某病院では、レントゲン、採決、エコーなどの結果、俺の病気は「腸炎」と診断された。ただ、「診察はいまいち曖昧」なのだそうだ。
一番炎症のきつかった時期は抗生剤の点滴で過ぎている・・・というのが理由らしい。

絶飲絶食の上抗生剤の点滴で治るだろう、ということらしい。
手術を想定して個室まで用意されていたのだが、

「手術ないので大部屋の方がいいですか?」
そう問われて個室がいいなどと言えるはずもない。
経済的な事情も考えたうえで大部屋(4人部屋)へ移してもらうことにした。

公社の広田さん(仮名)が見舞いに来てくださった。

「何か欲しい物はないか」と尋ねられて、
どうしようもなく暇だったので、思わず「新聞」と答えていた。
しかもせっかくだから地元紙が読みたいとかわけのわからないリクエストをしてしまった。
数分後、広田氏は信濃毎日新聞とテレビ用のカードをもって帰って来た。
感謝の言葉もない。

夕方には両親もやってきた。
俺が案外元気そうな顔をしているのでかなり安心したようだ。
お約束どおりみかんやなんかを持ってきてくれたようだが、
当然食べることは出来ない。

病院内で泊まることは出来ないので、両親は車の中で眠ることにしたようだ。

あ〜、一体どれぐらい入院してなきゃいけねーんだろう。