≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL


ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
MAIL

My追加

2001年11月03日(土) ■
初の人工登攀 ��運転技術

俺たちは舐めていた。
連休の道路というのはこんなにも渋滞するものだったのか。

午前7時、天保山に集合したのち、
大津SAからは命知らずの藤原さんの命令で運転を変わる事になった。

「高速道路やったら運転できるやろう。」

高速道路には信号もなければ歩行者もいないし、迷子もほぼありえない。
だから、一般道を走るより楽だろうから運転しろというわけだ。
これに関しては後に職業ドライバーのうちの親父が別の意見を述べていた。
が、まぁそのことは忘れよう。

ともかく、そうして極度の緊張のうちに久々の長距離運転が始まったわけだが、
気合とは裏腹にいきなり目に入った「渋滞」の文字。

結局、
「無理せず80キロぐらいではしっていいよ」
との涙がちょちょぎれそうな助け舟も役に立たないほどに、
俺はほとんど高速道路らしい運転をしないまま郡上八幡でおりて藤原さんと交代した。

郡上八幡からは藤原さんの運転だったため、
俺は安心して助手席でくつろがせて貰った。
高山市内をつっきって新穂高温泉郷の方へ向かう途中、
何故か高山市内でこれまた予期せぬ渋滞にあう。

本当なら今日は8ピッチのうち、2〜3ピッチを登って、
(ロープ1本を使って登れる一区切りを1ピッチ)
そこでビバーク(露営)する予定だったのが、
渋滞のせいで着いたら暗くなっていたのと、雨が激しかったという2つの理由のために、
出発を明日の朝とし、今日は近くの無料露天風呂を2つほど巡って車中泊となった。

温泉はやはり良い。
できれば下山後にも時間があれば入りたいものだ。

そして車の中はやはり寒い。
足を伸ばして快適に眠れるというのは良かったが、
ビバーク予定だったのでシュラフ(寝袋)を持ってきていなかったためもんのすごく寒かった。

って、その予定を立てた藤原さんはなぜシュラフを持っているのだろう・・・・。



<次回予告>初の人工登攀 

天気はいい、という予報だった。
冬型の気圧配置、という予報でもあった。

我々は、11月の山をなめていたのかもしれない。


そして、足首の捻挫をも・・・・


次回
「初の人工登攀 ��錫杖岳」

ま、一応は成功でしょう?