2005年09月28日(水)
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あの9月28日へ(2) |
深く下げた頭を上げて、教室内を見渡すと、ニヤニヤしているメンツがチラホラ。 彼ら、彼女らはこの後に起こるはずの、もうひとつの決戦の方が楽しみな人間たちだ。 あたくしの片思いのことをずっと前から知っていて、その相手すらも知っていて、 でもアクションが起こせずにいるあたくしがとうとう袋小路にまで追い詰められたという この現象そのものに興味があったのかもしれない。
皆の前では、努めて優等生を演じていたし、優等生が恋に傾倒するところを彼らはあまり見ていない。 散るか咲くか、どちらにせよ、あたくしと同等のレベルで彼らはこの決戦を楽しみにしていてくれたようで。 あたくしは、無言でその子たちの顔を見渡して、昼休みになるのを待って、
「行ってくる・・・・」
とだけ言って、シンのクラスまでとりあえず出向いた。
恋の告白をするのに、昼休みだけでは短すぎる。 あたくしはなるべく平静を装うふうをして、シンに放課後の約束を取りつけた。 あたくしが選んだ場所は、放課後にもなればもう誰も人が来ないと思われる、2年生のフロアの空き教室。 3年生が部活を引退してしまうと、俄然、2年生が主体となり部活へ力を注ぎだす。 放課後をゆったりと持て余す3年生たちと違い、2年生たちは放課になると我先に教室を飛び出していく。 下手に見知った顔が多く残っていそうな、3年のフロアよりも、 こっちの方が誰にも見られることはないと思って、わざとそうした。
自分で時間を指定した手前、遅れていくことは絶対に避けなければならないけれど、 それまで教室で時間を潰している間、正にコレが「永遠」なのではないかと思うほどに、 長い長い放課後が始まった。 放課後までお上品な優等生を気取っているわけではなかったあたくしは、自分の席の机に腰掛けて、 足をぶらぶらさせながら、その瞬間を待っていた。 椅子に座っていたら、きっと、物凄い貧乏ゆすりとかをしてしまって、 そんなピリピリした自分を持て余してしまうだろうから、あえて横着に机に腰掛けていたのだ。 周囲にはクラスメイトがまだ数人残っていて、他愛のない話をしていた。 あたくしは、そんな話も右から左で、教室にかけてある時計が1分ごとに、カチ、カチ、と刻むその音に とても敏感になりながら何となくその和に溶け込んでいる振りをしていた。
約束の時間の5分前。 あたくしは腰掛けていた机から降りて、約束の空き教室へと向かった。 階段を上がってすぐのところにあるその教室へ、自分の教室からは1分とかからない。 いつもは、廊下だろうが通路だろうが階段だろうが、疾風の如く迅速に移動する(=常に走っている) あたくしが、この日の放課後だけは、足音すら立てないくらいに慎重に階段を上り、丁寧に「歩いた」。
誰もいない、そして何も置かれていない空き教室。 あたくしは鼓動を持て余して、そして、この後にやってくるはずだろう少年に、 最初に何と言って声を掛けたものかを考えながら、作り付けの教室後ろの棚のところに もたれたり、腰掛けたりしながら、ずっと、ずっと、待っていた。 この教室の時計は、正しい時を刻んでいるのかな・・・・? 5分くらい進んでいたりしないものなのかしら・・・・? 約束の時間になっても、まだシンが姿を現さないから、そんなことを考えたりして。
20分くらい待ったけれど、シンはそれでも姿を現さなかった。 あたくしは一旦、教室に戻ろうと思った。 ひょっとしたら、他の誰かに捕まって、3年のフロアにまだいるかもしれない・・・・そんなことを思って。
教室に戻ると、まだクラスメイトがちらほら残っていた。そして、あたくしの顔を見るなり
「夕雅さん、どうしたのっ!?」
と、血相を変えて問いかける子もいた。
「まだ来ないもんだから(苦笑)。ここで待ってた方が落ち着くかと思って。」
「ダメよ!!! 早く戻って!! ひょっとしたら、もう来てるかもしれないじゃないの!!」
あたくしは、温度の高いこのクラスメイトに追い返されてしまった(笑)。
本当は、ひとりで孤独に待つことが怖くて心細くて、それで教室に戻ってみただけなんだ。 多分、シンは来てくれる・・・・何でかそこの部分は妙に自信があったんだけど。 あの人は元来、相当のマイペースだから、あたくしがこんなに緊張していることも知らなかったろうし、 きっといつものように、普通に廊下で話す伝達事項を放課後に回しただけ・・・・と思っていたかもしれない。 めでたくも、きちんと執行部入りを果たし、この日にはもう初回の顔合わせが組まれていたから、 きっとその関連での話だと、彼がそう思い込むのも不思議ではなかったし。
後日談を絡めて話すと・・・・。 どういうネットワークなのだろう・・・・? こうしてあたくしが戻ってきたことを聞きつけた、他のクラスの親友が、まだ校舎に残っているはずの シンに直接、あたくしが待っていることを伝えにいったらしい(笑)。
「夕雅さん、待ってるんだよ。」
あたくしの前に現れたシンは息を切らしていた。体育館から走ってここまで来たらしい。 こういうのを「想定の範囲外」というのだろう(笑)。 あたくしは虚を突かれて、最初に出すべき言葉が、それまで長い時間かけて考えていたのとは 全くの別モノになって、思わず彼を労わずにはいられなかった(苦笑)。
そしてやっと、まず最初に言おうと思っていた選挙のポスターのお礼をきちんと言った。 それから。 それからは・・・・。
「あのね・・・・。」
あのね・・・・。 この選挙の結果が出たら、言おうと思ってたことがあって。 私、1年のときからあなたのことが好きだった。今も好き・・・・。 そのことをきちんと伝えたくて。
顔が見られなかった(苦笑)。 つい先日、あんな大勢の前で堂々と演説をかましてきたこのあたくしが、 たったひとりの少年の前で、顔を赤らめてしまって、上手に話す事すら侭ならない。 初めて「好きです。」と言ったあの時の気持ちは、後年になって体験するどの緊張感よりも勝っていた。 言ってしまったら、そのあとに待っているはずの彼の何かしらのリアクションにすら 気が回らないくらいに、フッと力が抜けてしまった。 誰かにトンと背中を突かれていたら、その拍子に泣いてしまうかもしれないところにまで テンションが高まっていた。 ・・・・そのくらい、彼のことが好きだった。
あたくしの言葉に対し、彼は返事をしてくれた。
・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・。
悔しいけれど、何て言ったのかを覚えていない( ̄∇ ̄;) あれほど神経を研ぎ澄まして、一言一句漏らさず、この体に刻み込んでおこうと誓って挑んだ決戦なのに 彼がどんな言葉で、あたくしに優しい返事をくれたのか、覚えていない・・・・。
ただ、あの時、あたくしの体をす〜っと通り抜けていった言葉で、 あたくしはようやく伏せていた顔を上げられた。顔を上げると、シンも笑っていた。
「外に出よう。」
空き教室のすぐ近くに、屋外の渡り廊下がある。 その渡り廊下の入口のところに腰掛けて、あたくしたちは、今まで話したことがないようなことを話した。 当時はくすぐったかったけれど彼もまたあたくしに恋をしていてくれたこと、目指している高校が違うこと、 それでも多分一緒にいられるんじゃないかということ、これは2人だけの秘密だということ・・・・。 あまり饒舌ではない彼のほうが、沢山話をしてくれた、唯一の時だったと思う。 心配してくれていた親友たちには、あたくしの告白の結果だけは話したけれど、 彼が本当に口にした言葉は、一切明かさなかった。多分、リエにも言ってない。
珍しく、秋にしては風の弱い日だった。 肌に丁度心地いい風に吹かれながら、2人で残りの半年をどんな風に過ごそうか・・・・なんてことも 話したような気がする。 彼も周到な人だったから、あまり周囲に悟られてはいけない、 ・・・・殊、職員室に洩れるような事があってはならない、だから、僕たちは今までどおりなんだよ、 そう言った。 あたくしは口に出さなかったが、今までどおりに過ごせるのなら、これほど幸せなことはないと思った。 あたくしが告白をしてしまうことで、今までいい感じに保たれていた均衡が崩れるのだったら、 彼の答えがYESであれNOであれ、それが一番悲しいことだったから。
「『今までどおり』がいいんだよ♪」
そう言ったあたくしは、多分極上の笑顔で笑っていたはず。 ずっとこのままでいられたらいいな・・・・と、少女マンガのようなことも考えた(苦笑)。 だけど「終わり」の時間はすぐにやってきてしまうのだ。
「あたし、もう行かなきゃ。今日からなんだ、生徒会。」
「頑張れよ。」
「先に行くね。・・・・一緒にいたら、やっぱり『今までどおり』じゃないもんね(笑)」
「あぁ。そうだね。」
「・・・・ありがとう。」
「あぁ。」
いつも走り抜けている校舎の中を、隈なく喜びで満たすために、走り回りたい気分だった。 新しい執行部の仲間たちがいるところへ、あたくしはそんな衝動を抑えきれないまま、走って向かった。 扉を開ける前に、廊下で息を整えて、また優等生の仮面をきちんと被り直して、 「学校の顔」であることをきちんと自覚しつつ、入室したはずだった。 が、しかし、それでも叶った恋に対する歓びがあふれだしてきて、既に事の顛末の半分までを知っている 同士のカズコ(仮名)には全部その場でバレてしまった。 歯車は順調に回り始めた。 あたくしの生活はキラキラし始めていった。
しかし、その反面で妙な動きが表出してきたことも同時に知ってしまった。
どうしてだろう・・・・。嫌悪とは違う感情で、「知られたくない!!」と激しく思った。 校内では努めて凛としていることを選んでしまったあたくしが、仮面を剥がされるのを嫌うのは 自分でも極々当然のことのように思っていたけれど、仮面を剥がされることよりも何よりも、 彼が時にとても暴力的な方法で以って、あたくしのことを探ろうとする、そのこと事体に 怯えていたのかもしれない。 冷静に考えると、後に校外で起こった彼との数々のニアミス的事件は、 既に校内でもその一角を表しつつあったし・・・・未遂に終わっていたのは、そこが「学校の中」という、 あたくしの理性にとって、とても有利な場所であったというだけのことで。
学校という場所を出てしまえば、あたくしは誰よりも脆く、そして弱い存在だったのかもしれない。 恋をひた隠しにしていた間は、隙なく理性的でいられたけれど、 この日からあたくしは、色々な意味で解放された。 解放されたからこそ、どんどん弱くなっていったのかもしれない。(3へ続く)
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