2005年10月02日(日)
あの9月28日へ(6)


カズコがあたくしを「秘密部屋」へ呼んでくれたその日のうちに、
あたくしはシンとようやく話す機会がもてた。
膳立てしたのは無論、自分自身。前にも一度、こうして会う約束を取り付けようと手紙を託したが
その手紙が彼の元に届かないままで、あたくしは何時間も雨の中を待ち続けた。
意を決し、何とか口頭で約束を取りつけて、今度こそきちんと話ができる・・・・そう思っていた。

しかし、あたくしが自分の思いをすべて伝えきらないうちに、
珍しくシンが遮るように口を開いたのだった。


「君はもう、俺のことを見ていない。・・・・俺ももう疲れた。
ありもない噂だと信じていたけれど、君がそうして謝るのなら、
俺はもう、君のことを好きでいつづけられないよ。」



とうとう完全にこの恋が終わってしまった。
彼もまた疲弊していたのだということを、あたくしはこの時、初めて知らされたのだった。
「きっと傷ついている」「謝ったほうがいい」・・・・周囲に押し流されるようにして彼の前に立ったはいいが
自分が相手をどのように傷つけて、そして何を謝ったらいいか、あたくしはその時、わかっていなかった。
ただ、ひょっとして噂を耳にしていたならば、そういう嵐に巻き込んだことは謝らなければならない・・・・
そういうふうには思っていたけれど。
彼の疑いに対し、真実で以ってとどめを刺してしまったのは、あろうことか自分自身になってしまった。
・・・・こんなところにもトラップが? 冗談でしょ・・・・?
蠢いている「策略」のようなものに、あたくしはすでに翻弄されていたのだ。
最低1人、このような結果が出ると知っていた人物がいる。
あたくしはまんまとそれに引っかかり、まるで心臓を抜き取られたかのように呆然となった。
家に帰り着くまでの間に、何度も蹲った。
恋を失った悲しみもあったが、こうまでして謀られるその理由がわからなくて、上手に歩けなかった。

今日から冬休みで本当に良かった・・・・。
あの環境にこれ以上融和するようなことがあったら、きっとあたくしは自我を失う・・・・。

冬だというのに、バカみたいに晴れ上がった空を見つめて、あたくしはまた
いつものように、泣いたことを悟られないようにしてから家に帰った。


カズコのように、自分にも動じないだけの強さがあればいいのに・・・・。
冬休みの間、そんなことばかりを考えていた。
勉強に打ち込む振りをしたけれど、その成果はほとんど出なかった。
当然だわな・・・・「フリ」なんだから。
ただ、勉強ができるようになるよりも、今の志望校へ行けるようになるよりも、
あたくしは切実に「強さ」を望んだ。
どうすれば、あのようなどす黒い環境に負けないような強さが手に入るのか、
自分が納得できるような結果って何なのか、
既に張り巡らされた謀略を巧く掻い潜った上での手立ては何かないのか・・・・。
禅問答のようにずっと考えていたら、正月早々、死を思い立った(爆)。
ア、アカン( ̄∇ ̄;)
波状攻撃が一番酷かった時に、ヤスエに言われた一言が甦る。


「こういうことされたからって、死なんといてよね〜(嘲笑)♪
ま、死ぬわけないか。死んだとしても自業自得や。」



遠回しに、「死ね、死ね」と言われているようなものだ。
「死ね」と言ったら最後、自分が完全な悪者になるということを知っていて、
彼女は丹念に言葉を選び、きちんと自分の防空壕だけ用意して、こんなせりふを吐いたのだ。
直接手を挙げずに、ジワジワと口頭のみで攻め込んできたのも、あたくしの気性を知り尽くした上での
頭脳プレイだった。・・・・手を出したら最後、喧嘩両成敗で自分も叱られることになるから、
確実に証拠が残らないように、確実にダメージが与えられる方法を、
彼女はわざわざ選んで、的確に遂行した。
「死ぬな」と言われているけれど、明らかに「死ね」という意味。
彼女の思惑にこれ以上振り回されてはならない。それだけは絶対に避けたいところだ。
何をそんなにナーヴァスになる必要があるのか、と、己を労ってもみたり(苦笑)。
大丈夫・・・・冬休みが明けてその初日、学校を休まなければ、あたくしはまだ負けたことにはならない。
行くだけ行って、それでもこの悪夢が続くようだったら、またその時考えよう。
あたくしはこの頃、それほど刹那主義でもなかったし、楽観主義でもなかったけれど、
とにかくその時に出した自分の答えが、この先、一連の風向きを大きく変えることにはなったようだ。


先ず、あたくしが睨んだとおり、ヤスエの「正義」は結構、短期間のうちに周囲が見破り、
冬休みが明けてそんなに経たないうちに、彼女の旗色のほうが徐々に悪くなり始めた。
少女たちは残酷で、今までの扇動者に対しあっさりとクーデターをやってのけ、中には得意気の子もいた。


あたくしはそんな彼女に同情する義理もなく、そして、クーデターをやってのけた子たちにも
「よくやった!」と同意するアレもなく、完全に別の次元にいることを選んだ。
同じ土俵の上に立つから良くないのであって、見ている物や角度が同じだからぶつかる。
無意味な衝突を避けるためにも、「彼女たち」全員を切り離すことにした。
どの道、卒業まであとわずか。彼女たちに固執している暇はなく、寧ろ、離脱を決め込んでおいた方が
精神的にもラクで、平和だと思い、そうした。
冬休み明け、単身でヤスエから離脱宣言をし、あたくしの言い分を真っ向から受け止めてくれたリエや、
そもそも、こんな問題を屁とも思っていないカズコ
また一山越えた経験があって、表には一切出てこなかったけれど陰ながら支えていてくれた
親友・アユミ(仮名)なんかとは、きちんとうつを開いて話せる環境を取り戻した。


しかし、あたくしもこういう答えが欲しかったわけではない。
シンヨシオたちと本当に和解できなければ意味がない。
シンが言ってくれた「今までどおり」を取り戻さないと、あたくしは自分に負ける・・・・
次々にコロコロと変わる風向きの中、あたくしは孤独だったけれど、目標ができたことで
不安定ではなくなった。
再三再四、風向きは変わって、またヤスエに主導権が渡ったりもしたが、
そういう「権力争い」を完全に切り離したあたくしには、そんなこともどうでもよくなっていた。
・・・・ひとりで歩かなくてはいけない道もある。
・・・・好きなんだから。シンのことが。


2学期の終業式以来、シンとは一切何も話せないまま、3学期も終わりを迎えようとしていた。
それは何も、ややこしい謀略に妨げられたわけではなく、「受験」という通過儀礼も手伝って、
あたくしと彼の距離はそれでなくてもどんどん遠くなっていったのだ。
「畏怖」の象徴、ヨシオとは仕事の時に顔を合わせもしたけれど、
恐らく彼の耳にも噂の一片が届いたのだろう、完全に口をきいてくれなくなってしまい、
しまいには、執行部の仕事をサボりだして、こちらのことを完全にシャットアウトしてきた。
そんな彼のことをカズコは、「大人げない!」と言って呆れていたけれど、彼の気持ちもわからなくもない。
せめて卒業式までに何とか関係修復しておきたかったが、どうにもならないことだってある。
程度のいいところで「諦める」ということをあたくしも覚えた(苦笑)。
ただ、シンとのことは自分できちんとけりをつけるべく、動かなければならない。
それが「今でも好き」という証であり、あたくしがあたくしでいられるための「責任」だと思った。


卒業式の式次第も無事に終了し、あたくしはやっと、再びシンと向き合えるチャンスを手にした。
何を言えばいいのか、正直わからなかったけれど、「今までどおり」が通用するならば、
2人で話してから卒業するのが一番いい・・・・そう考えた。

「ごめんなさい・・・・」

あたくしが謝ると、

「もう・・・・いいんだよ。」

シンは笑って返してくれた。
その笑顔を見たら、式次第には一切流れなかった涙が溢れ出してきた。
「泣かないでくれ」と彼はハンカチを差し出し、そして、こう言った。


「俺はね、強い君が好きだったんだよ。いつも動いとる、いつも笑っとる・・・・。
君は強いよ、本当に。」


「・・・・強くなんかなかったよ、あたし。」



彼が「笑って」と言うから、あたくしは無理に口角を上げて笑顔を作った。
自分が嫌いだった「自分」を、彼がきちんと認めて好きでいてくれたことだけが嬉しかった。
もう、これ以上のものを求めてはいけない・・・・彼はあたくしと一緒に出かけようと提案してくれたけれど
自分の決断でそれを断った。
元来の「あまのじゃく」がそうさせたのでもあり、
また、彼とはもう「今までどおり」ではなくなっていくという予感が、そうさせた。
・・・・この場所に立ち止まったままではいけないんだ。今日は・・・・「卒業式」。
あたくしの初恋も、これで完全に「卒業」を迎えた。





あの9月28日へ戻れたら・・・・などという野暮なことは考えていない。
やり直しが許されないからこそ、あの時代に価値を見出している。

「オマエさんはホントに敵を作りやすいタイプなんだよ。」

と、オーアエが随分前に指摘してくれたけれど、あの時はまだ、
これらの封印を全部といてしまうことが怖くて、自分でもセーブできないかもしれなかったから、
絶対に見ないようにしてきた。
どの時代であれ、自分にとっての「敵」は脅威であり、脅威だからこそ存在を認めないわけにはいかない。
あたくしは確かに、あの時代に環境から自分を切り離したけれど、それと同時に、
自分の中でもある一部分を切り離した。
それが後に、無意識下であたくしを脅かす「もうひとりの自分」になったり、
あたくしだけにしか通用しない「モラル」になっていった。

これより後に出会った恋愛にそれこそ悔いはない。
全てに、何らかの形で自分なりの「答え」が出せたからだ。
初恋を以って思い知った、「答え」の出せないもどかしさを抜本的に改革した。
色々な人に出会い、色々な人と別れ、再会し、反目し、求め合い、許しあった。
そこにどんな「モラル」があったのかというと、「他人のせいにしない」、このただひとつ。

例えば。
あなたが浮気をしたから・・・・ではなく、あなたの浮気を頗る嫌だと思ったから・・・・
あなたがこう言うから・・・・ではなく、あなたがこう言ったのをこう感じたから・・・・
こんな具合に。

恋愛に発展しない「友情ゲーム」では稀に、「あなたのせいよ♪」とおどけてみたりもするけれど、
それは機微であり、侘び寂びの一種だろう。

15歳の頃を思うと、モラルも機微もあやふやで、ただただ流動的だったと思う。
でも、今こうして立ち返って思うに、真っ直ぐだった気持ちや淡くて脆い感情、
そして、鍛え上げられた後ではどうしても忘れがちな不安や不満をきちんと思い出すという作業は、
「今」に対する感謝にもつながるのだなぁ・・・・ということ。
15歳の頃にいっぺんに失敗したものだから(笑)、後の失敗はそれほど気にならないくらい。
あれ以来、たくさん恋もしたし、一度の恋で様々な経験をするようにもなるのだけれど、
あたくしは驚かなくなっていった。
それは、新鮮な気持ちを徐々に失っていったのではなくて、反発せずに吸収できるようになったから。
どんなハプニングでも吸収していたら、とりあえず、前に進めるようになった。

こうして、解れた糸はあたくしを癒し、十分な安心を与えていってくれた。

↑・・・・忘れない。

多分これからもあたくしは、風化しないように、こういうふうに立ち返る。
風化が怖いのではなくて、モラルや機微を忘れないためにも。

あさみ


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