真夜中近く、小野くんのお母さんが亡くなったという知らせを受け取った。 小野くん泣いてないかなぁ。 これが、私がそのときいちばん最初に考えたこと。
部活仲間の小野くんは、学年トップだけどスタイリッシュな男の子なので、みんなの人気者。 小野くんはいつも冷静で明るい。 落ちこむ姿を人には見せない。 でも、私は小野くんのそんな姿を見たことがある。 三年前、部活帰りのマクドナルドで、小野くんは泣いた。 初めての彼女と別れたあとだった。 「おれ、あやのこと本当に好きだったんだ」 私はそう言う小野くんの頭をよしよししてあげることしかできなかった。
きっと、今、小野くんはそのときの何倍もつらい。 彼女とお母さんはぜんぜん違うもんね。
お通夜のとき、小野くんは泣いていなかった。 高校の友だちとおしゃべりをしている姿を見て、少しほっとした。 献花を終えて小野くんの前を通り過ぎるとき、 「ありがとー」っていう小さい声が聞こえてきた。 小野くんの声。
すごいなぁ、やっぱり小野くんはすごい。 自分がつらいときなのに、誰かに感謝することができるなんて。 それとも、自分がつらいときこそ、誰かに感謝することができるのかな。
この一週間、いろいろなことがあり過ぎて、一年分くらい苦しい思いをして、同じくらい涙を流した気がする。 大好きな彼やあの子をたくさん傷つけたし、私自身も傷ついた。 最後にけじめをつけたくて、あの子の家に行った。 彼が数日間いるって知ってたし、友だちに止められても、どうしても行きたかった。 二人が仲良くするのを見るのは胸が「苦しい」というより「痛てー」って。 痛みを感じたくなくて、ボコボコボコボコ、何度も左胸をグーで殴った。 大好きな二人が幸せになるなら、そんな気持ちで二人をくっつけようともした。 私がの存在なんかみじんもかまわずに「好き、大好き」ってあの子に伝える彼を見て、悲しい悔しい苦しい、でも、本当に好きなんだって心底感じたから。 でも、あの子は彼のことを「私のこと本当に信じてくれるし、私も信じられるし…」としか言わなかった。 あんなに一生懸命伝える彼に、「好き」とも「付き合う」とも言ってあげなかった。 いつまでもうだつが上がらなくて、それなのに彼の気持ちはあの子にある。 そんなの、やっぱりいや。 私は彼のことが好き。大好き。この気持ちは誰にも負けない。あきらめられない。 だから、決めました。 彼にとって、あの子がいちばんでも、私はキープでも、私のこの想いに嘘はない。 それなら、待とう。
恋に終わりが訪れた。 やっぱり彼は戻ってこなくて、もう大好きな女の子が表れたみたい。 その子は心がとってもきれいな子。私も大好き。 きっと彼女なら彼に幸せを運んでくれる。 もちろん、彼も彼女を幸せにしてあげられる。
家に帰ると、机の上に一冊の本が置いてあった。 三輪明宏の「愛の話 幸福の話」 落ち込む私へのお母さんからのささやかなメッセージだ。 恋をするのは簡単なんだって。 自分の欲望を満足させるために相手が必要なだけだから。 愛は恋から始まるけれど、ものごとすべてが相手本位になれることなんだって。 それならば、今の私にできることは、相手の幸せを思って身を引くことだけだ。 それが、私なりの愛の与え方。
I wanna be happy. そう願う彼女を幸せにしてあげるんだよ。 そして自分も必ず幸せになって。 その上で、私も幸せになれたらいいな。
こんなに人を裏切って傷つけたのは初めてだと思う。 女を信じられなくなってた君が、私を本気で信じて好きになってくれた。 それなのに、私は目先の利益に捕われて、それを裏切った。 君の大嫌いな嘘を何重にも重ねてしまった。 嘘つきでひきょうな私だけど、君のことを好きな気持ちは偽りじゃないよ。 私は汚れてしまったけど、今も昔も、好きという気持ちはきれいなまま。 きっとこれからも、それは変わらない。 だから、もし君が私を汚いって思わないでまた好きになってくれるなら、 今度は正々堂々とぶつかって行きたいと思う。 もう、つまらないことを怖がって、後から後悔なんてしない。 どうか君が私のもとに戻ってきてくれますように。 どうか私の手で彼を幸せにしてあげられますように。 そう願いながら、長い夜を越す。
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