無責任賛歌
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記




ホームページ |プロフィール |掲示板「トーキング・ヘッド」 |メール
|藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2005年05月04日(水) 12万ヒット!/『コミックマスターJ(ジェイ)』12巻(田畑由秋・余湖裕輝)

(昨日の続き)
 磨子はとんでもない跳躍力で、塀を乗り越え、疾風のように走る。目指すは垂水家の人々を殺した村の若者たちだ。殺戮! 炎上し、川に突っ込む若者たちのバイク。けたたましく笑う磨子! 美少女をこんな風にしちゃうなんて、伊藤俊也、あんたはサドか!
 そして、最後には竜次も狙う磨子。「村から出て行け!」と叫ぶ磨子に、「かわいい磨子を元に戻すまでは出て行くものか!」と応酬する竜次。いきなり「かわいい磨子」なんて、このときの竜次は完璧にロリコンだ。グラマー(泉じゅん)にスレンダー(山内恵美子)にロリータ(長谷川真砂美)って、好みの幅が広すぎるぞ大和田伸也。
 「出ていかないなら殺してやる!」と叫ぶ磨子。確かに最初に祠を壊した責任はあるけれど、そのあとは垂水家の人たちを守ろうとしたんだし、犬神が竜次を殺す理由はないように思うんだが。
 と思っていたら、麗子の顔が磨子の背後からにゅっと現れ(二人羽織だったのか!)、「やっぱりあなたは私を裏切って、かおりと!」と呪いの言葉を吐く。もう登場しないと思っていた泉じゅんのびっくりの再登場。
 そうかそうか、最終的な呪いの正体はやっぱり麗子だったのか、と思っていたら、竜次に飛びついて背後から首を絞める磨子の足には、びっしりとスネ毛が! おおおおお、『おとこ足の少女』! 好美のぼるへのオマージュか!(どっちが先なのか、よく知らないのだが)。ということはやはり犬神も磨子にとり憑いているのか? しげは「室田日出男の足!」と言うが、もしそうならこいつは泉じゅん+長谷川真砂美+室田日出男のキメラである。別の意味で怖いぞ。
 ああ、結局諸悪の根源は誰なんだよう! と悩んでいたら、竜次が「一番悪いのは俺だ!」……はあ、さいざんすか。
死闘の末、竜次は「かわいい磨子に戻ってくれ!」(この間竜次はずっと「かわいい磨子」を連発するのである。このロリコンめ)と磨子の首を締める。ぐったりとなった磨子の顔はもとの磨子の顔にもどっていたが、ハッとして磨子の心臓の鼓動を確かめた竜次は血相を変える。磨子が死んでしまった! 失意のあまり井戸の中へ飛びこむ竜次。その時、飛沫がほとばしって、磨子の顔へかかる。磨子は息を吹き返した!(さっき、心臓を確かめたのはどうなったんだ?)
 葬式の行列が進む中、一族の中、ただ一人生き残った磨子は、葬列を離れ、竜次が荼毘に付されている棺桶のそばに駆け寄る。ところが竜次は生きていた! 棺桶を破り飛び出す竜次。しかし、火の勢いは強く、竜次はやっぱり焼け死んでしまうのだった。
 ……どういう終わり方だ、これ。

 伊藤俊也監督、他の作品を見ていくと『誘拐報道』『白蛇抄』『風の又三郎 ガラスのマント』『ルパン三世 くたばれ!ノストラダムス』など、まあ傑作とは言わないまでも決して駄作ばかり撮ってたわけではない監督だと思うのだが、この『犬神の悪霊(たたり)』のときはどうしちゃったものか。いったい何がやりたいのかがまるでわからない。因習に対して批判したいのなら、犬神憑き自体を否定しなきゃならんと思うのだが、やっぱり最後はオカルトで終わるしなあ。ともかく次にどんな展開が来るのかが全く読めない。読めるかこんなの。世にカルト映画は数あれど、やはり「伝説」となるためにはちょっとばかりおかしいところがある、程度ではダメで、これくらいぶっ飛んでなきゃ面白くない。橋本忍監督の『幻の湖』もかなりキテる映画ではあったが、あれはまあ、放送できる分だけ「無難」ではある。『犬神の悪霊(たたり)』は、こうした上映会の機会がなきゃ、まず目にすることは不可能だ。
 “こういう映画”がお好きな方、映画情報誌とかで、上映の告知を知った際には、未見であればぜひ目にされることをお勧めする。だからまあ、ネタバレを覚悟でかなり詳しく筋を書いた。いや、ちょっと筋を書いたくらいでは、この映画のものすごさはとても表現しきれないのだ。……でも、ごく普通の映画ファンには絶対勧めませんよ。『タイタニック』とか好きな人には縁のない映画です。


 父のマンションに帰って、DVD『釣りバカ日誌2』を見る。父はもう眠っていた。
 シリーズ化されたが、前作のラストでハマちゃんを土佐に帰してしまったのをどうするかと思ったら、どうもせずにハマちゃん、堂々と東京本社に返り咲いていた。スーさんのメイクも一策目と変えて若々しくなっている。
 こんな風に「一作目をなかったこと」にして始まる第二作というのも珍しい。まるで小説版『機動戦士ガンダム』のようだ。初マドンナとして原田美枝子がスーさんと妖しい雰囲気になるが、これは一作目の石田えりとの関係の焼き直し。ホテルに泊まったり(何も関係は深まらないのだが)、一作目よりも描写が露骨になった分、爽やかさは減っている。急遽決まった二作目で、いささか脚本も演出も迷走したような印象だ。
 原田美枝子を「妹」と騙したスーさんを、ハマちゃんが土産物に釣られて許すラストも今一つ潔くない。残念ながら、一作目よりもかなり出来が落ちる。でも、最初は継続当番を拒絶した三国連太郎が、開き直って「ズッコケ」を見せてくれるのは貴重かな。

 就寝は何時くらいになったのかな。多分二時か三時ごろか。「夜中に帰っても勝手に寝ていいぞ」とは言われていたが、父親への遠慮というものが全くない息子夫婦である。



(本日の日記)
 更新が滞っているにも関わらず、日記のアクセスが毎日百人以上。ひたすらありがたいことであります。
 ついにカウンターも12万ヒット。何だか自分でも信じられない数字ですが、常連さんも恐らくは二、三十人、たとえ一ヶ月更新がなくても、ともかく覗いてくださる奇特な方がいらっしゃらないと、ここまでの数字にはなりません。もう、一人一人の手を取って万歳しながら、「ブラボー!」と叫びたいくらいです。
 ROMに徹しておられる方にまで無理にとは申しませんが、日記の感想とかメールで頂けたらありがたいです。頂いたメールには必ずご返事を返しておりますが、私が使ってるOutlook、セキュリティが厳しいらしくて、メールによっては私のところまで届いていないものもあるようです(だいたいしげのメールが私のとこに届かない)。メールを送ったのに返事がない、ということがありましたら、掲示板のほうでお問い合わせください。

 カウンターは調子よく回っていますが、投票ボタンの方は押してくださる方があまりいらっしゃいません。「エンピツ」日記には投票ランキングのコーナーがあって、一位とか二位の人は一日で千票とか入っていますが、私は一、二票くらいのものです。いや、そもそもだいたい私自身が殆ど押してない(笑)。
 一応、投票機能があるのなら設置するだけしてみよか、と、何の気なしにボタンを付けただけなので、いちいち今日何票入ったかな? と確認するのも面倒くさがっていたんですね。「エンピツ」の登録ジャンルを私は「アニメ・漫画」にしてますが、実際にはアニメや漫画の話題がなかなか書けないでいますし、歯に衣着せず辛辣に貶しているマンガも多いので、私がファンなら当然票は入れません。得票が少なくても当然だろうと、私は気にしてはいませんでした。
 ですが。
 しげが、突然、「何、あんた一票しか入っとらんやん」と言い出しました。
 「ああ、そんなもんだろうね? それがどうした?」
 「あんたが入れたと?」
 「自分じゃ入れないよ。お前だって入れてないやろ?」
 「だって、こんなのがあるって気づいたの、今日が初めてやもん」
 「……気づいてなかったんか?!」
 「順位が下のほうやったら探しにくいやん!」
 「探さないでいいよ!」
 「いいから一票入れり!」
 無理やり一票を入れさせられたんですが、なぜ急にしげが得票を気にし始めたのか、理由がよく分かりません。好意的に考えたら、私があまりに下の順位なので、妻として悲しく思った、ということかもしれませんが、そういう形で妻の自覚を持たれてもねえ。
 というか、夫を気遣う自分を演じたい気分になっているというのが正解でしょうね。このまま得票が低いままなら、そのうち飽きるでしょう。
 それでもやいのやいのとうるさいし、確かに自分で自分に票を入れないのも卑下のし過ぎかとも思うので、一応、一日一票は自分で入れることにします。

 けれど、仮にそれで票が上がったとしたら、やっぱり私は嬉しいのでしょうか? 低いままだと落ち込むのでしようか? いや、自分のことでありながら、そこんとこが今一つピンと来ないんですけどね。それは、やっぱり「投票」の中身が見えていないからでしょう。
 得票数の高い日記を読むと、「なるほどこれは面白い」と感心するものもあれば、「これに人気があるのはなぜ?」と首を傾げたくなるものもまま見受けられます。邪推かもしれないけれど、日記の中には身内ボメで仲間が無条件で押してるものもあるんじゃないでしょうか? 私自身、お気に入りに入れている日記に票を入れることはよくありますが、「今日は今一つかな」と感じたら入れないようにしています。無条件に票を入れないのがその人たちへの礼儀だと思うからです。
 この日記を読んでくださっている数少ない常連のみなさまも、気が向いたらボタンを押していただけるとありがたいのですが、「つまんない」と思われた日は、無視して頂きたいと思います。そうでないと、私自身が客観的な判断ができないからです。


 昼、WOWOWで、『生中継 シティボーイズ・ミックス メンタル三兄弟の恋』。
 いつもは公演を見て、その後でテレビ放送を見るのが常であったが、今回はそれが逆になった。何しろ生だからどんな失言があるか分からない。再放送があってもPが入るかもしれないから、これは絶対録画しとかないといけないのである。
 具体的な感想は、舞台見た後にしときます。


 どんたくを見に行った父を拾ってマンションへ。
 「どんたくはどうやった?」と聞いたら、「つまらん」と即答。博多駅前の舞台で歌手がなんかイベントやってたらしいのだが、どこの誰とも知れん歌手で、全然面白くなかったそうだ。「誰が来てたの?」と聞いたら「覚えとらん」とのこと。配布されてるパンフレットにも名前が書かれてないから、急遽ヒマな歌手を呼び寄せたものか。
 出店は好きだが、混雑が嫌いなしげは行く気はなし。混雑だけなら私は平気なのだが、お祭りのためのお祭りになっちゃってるから、やっぱり行く気がしない。
 結局今日は、夕方から父が買ってきた肉で、焼肉パーティーをする。父がもう、牛だの豚だのハマグリだの、食いきれないくらいにてんこ盛りで買ってきたが、私もしげも見事に平らげた。腹はもうパンパンである。
 「そんなに食べてないのになあ。豚なんて一枚しか食ってない」と私が言ったら、「何を言いようか。豚を三枚食ったの、ちゃんと見とうぞ」と父に言われた。野菜食ってる間にしげにどんどん肉を食われていたので、自分では食った意識がホントになかったのである。


 三夜連続で、今日はDVD『釣りバカ日誌3』。
 今度のマドンナは五月みどり。昭和20年、スーさんが出会った女性の娘で(つまりこの映画の制作時点で50歳、必然的にスーさんは70過ぎってことで、実際の役者の年齢に合わせているのである)、もしかしたら本当にスーさんの娘か? というのが今回の「すれ違い」のキモ。スーさんの方は五月みどりに恋心を抱くのだが、五月みどりはもしかしたらこの人が父親かも? とあくまで娘としての慕情しか抱かない。このあたりは『男はつらいよ』第一作で、寅さんをあくまで幼馴染のお兄ちゃん、としか見なかった光本幸子と同じシチュエーションである。
 さらには、星が浦の開発に反対して、クビになりかけたハマちゃんが左遷されそうになるのに、「釣りが出来る!」と喜ぶギャグは一作目の焼き直し。早くもマンネリになりつつあるのがちょっと心配な第三作だった。


マンガ、田畑由秋脚本、余湖裕輝作画『コミックマスターJ(ジェイ)』12巻(少年画法社)。
 なんですかねー、登場人物のマンガ家に、映画『最後のサムライ』(『ラストサムライ』ですな)を「鎧を着ているのは間違ってるんじゃなくて演出だっのっ。映画は歴史の教科書じゃねーんだよっ。この映画が何を描こうとしているのかという読解力もないのかっ!?」って叫ばせてるけど、「時代考証」ってのは「形」だけじゃなくて、その時代の「精神」だって考証するものだ。『ラスト・サムライ』にどの時代の日本人の精神が表現されていたかな? 映画が歴史の教科書じゃないのはその通りだけれど、「明治に鎧」を演出と言うには無理がある。西部劇でインディアンがジープに乗って攻撃してきたら、この監督は馬鹿だとしか思わないでしょ。「この映画が描こうとしているもの」は、監督の脳内にしかない「日本人像」である。「武士道とは死ぬことと見つけたり」というのは『葉隠』などにあるかなり特殊な「武士道」の捉え方なんで、普遍的なものじゃない。どうして日本人がありがたがらなきゃならないかね? それに、このマンガ家が「日本を武士の国」と捉えているのもそれこそ歴史認識の大間違い。日本人の大多数は、昔からそのメンタリティにおいては農民と職人と商人の国だよ。前にも書いたと思うが、『七人の侍』を引くまでもなく、時代劇は「勝ったのは侍ではなく百姓」であるのが一番相応しいのだ。日本の時代小説は、侍ものよりも捕物帳を初めとして、市井物のほうが圧倒的に多いことを知らないんだな、この作者は。日本人の癖に。
さらにこのマンガ家は、USA『ゴジラ』を見て、「このGODJIRAよりすごい映像が、いままで日本のゴヂラ映画にあったか? はっきりいおう、ない。断じてない」とか嘆いている。これも『ゴジラ』の精神を何一つ表していないUSA版のほうがよく見えるらしい。核の脅威を描いてるんではなくて、それすら制御できると安易に語るバカ映画のどこが傑作だ? 読解力がないのは誰だろうねえ。
 こういう精神主義の塊のようなバカが大挙しているもんだから、外国映画のほうが日本映画よりよく見えるのである。外国映画に対する故なき劣等感から、自国の映画が貧弱に見えているだけだ。まさしく「自虐史観」である。こんな卑屈な根性で、どれだけの作品が描けるものかね? 真っ向から侍魂を見せてやる! と嘯くんなら、井筒和幸監督を「井痛痛数奇」なんてモジッて誤魔化さないで、堂々と批判しなさいよ。批評の対象なら、実名でも構わんはずだぞ?
 今巻から、ついに最終回に向けて、コミックマスターJがゴーストライターになったいきさつを語る「神との戦い編」が始まったのだが、こんなに底の浅い作者だったのかとガックリ来ちゃったので、これまで面白く読んでたのが一気に冷めた。日本のマンガは今や「聖書」を越えた高みにまで上っている、と誇っているような暗示もあるが、作者がただの妄想家なら、説得力がなくなっちゃうのである。あーあ。

2004年05月04日(火) 巨匠たちの幻の映画……12時間連続映画三昧。
2003年05月04日(日) 東京の空の下��
2002年05月04日(土) 日記書きの一日/アニメ『アタックNO.1』/『低俗霊DAYDREAM』3巻(奥瀬サキ・目黒三吉)ほか
2001年05月04日(金) ウナセラディ東京/江戸東京たてもの園/『ヒカルの碁』12巻(小畑健)



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)