昨日・今日・明日
壱カ月昨日明日


2005年03月28日(月) 異議申し立て

 雨の月曜日。昨夜はけっこう寝たはずなのに、なんか知らんが終日眠かった。まぶたが重くて、すぐに目をふさごうふさごうとしてしまう。春眠、暁を覚えなさすぎ。午後から会議があり、始まる前から眠くてしょうがなくて、何とかしてしゃんとせねばと頑張っていたのだが、会議中にMさんとY部長が白熱した討論、というか、口論を繰り広げてくれたので、居眠りすることなく終わった。何が幸いするかわからんものだ。

 終業後、シネ・ヌーヴォで『またの日の知華』という映画を観た。「知華」というひとりのヒロインを4人の女優(吉本多佳美、渡辺真起子、金久美子、桃井かおり)が章をわけて演じる、というのと、ドキュメンタリー作家である原一男が撮った初めての劇映画、というのがミソ。予告やチラシの感じからだいたいの予想はついていたが、あちゃーなんじゃこりゃ、というのが映画が始まってすぐの私の感想。観終わってもやっぱり、なんじゃこりゃ、だった。
 純愛ふう、とか、はたまたハードボイルドふうに、とか、いやいやポルノっぽく、とか、やっぱりアートふうにも、とか、いろんなふうに撮ってみたい、たくさんのことを盛り込みたい、と意気込んだはいいが、それが結果としてまとまらずバラバラで一体何を見せたいのかわけがわからんようになってしまっている、という最も不幸な例だ。特に第三章はどうしようもない。学芸会以下。全体として、説明的なセリフが耳につくし、顔のクローズアップを多用しているのも野暮ったく、映像センスというものが全く感じられない。
 それにヒロインの「知華」の人物造型がまた鬱陶しい。ひたむきで健気で情にあつい女でありながら、内には烈しいものも秘めていて、突き上げる感情に逆らえず男から男へと渡り歩き、運命に翻弄されてやがて堕ちていく、という描き方が、ステレオタイプであるうえ辛気くさいし泥くさい。自分の生い立ち、過去、境遇を殊更に不幸がるような女は私の最も嫌いなタイプで、「知華」はまさしくそれだ。だから観ていてムカムカきた。
 原一男にはやっぱり、バシッと、ドキュメンタリーを撮ってもらいたいと思う。

 帰宅後、宅配野菜の整理。明日のためにほうれん草のゴマ和えを作る。友人から電話あり。少々話す。洗い物をして片付けて、洗濯物をたたんだら電源が切れた。働いて、映画も観て、友達の話も聞いて、食べたいものを作って、家事もそこそこして、とか、なんかさあこういろいろと、さまざまな欲求とか必要とか雑事とかを自分の理想に即した形でかなえていくのってけっこうタイヘン。「生活する」ってタイヘンなことだわ、と思う。風呂に入って速やかに寝る。

・購入物:なし

・朝食:バケット、トマト、ヨーグルト、珈琲
 昼食:お弁当(塩鮭、人参とジャコのキンピラ、卵焼き、ミニトマト、玄米ごはん)
 夕食:映画の前に。クリームパンと珈琲。
    帰ってから。大根と人参入りの味噌仕立ての雑煮。餅は2個入り。リンゴ半分と甘夏みかん。


フクダ |MAIL

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