ひとりびっち・R...びーち

 

 

カーテンコール - 2001年05月17日(木)

 高層ビルのシルエットが浮かび上がる夕暮れの新宿、朝のうち降っていた雨も上がって、ばら色の雲がガラスの壁面に反射して万華鏡のようだ。

 新宿の南口にタカシマヤと東急ハンズが開店して話題を集めたのは何年前だったか。
 開店当初、30分もあれば行けるところに暮らしていたのに、一度も足を運ぶことはなかった。
 松本行きの特急「あずさ」や、埼京線が行き交うホームと平行して南に伸びているデッキ風の歩道に、「タイムズスクウェア」という名がついていることも、今日初めて知った。

 まあ、1年京都にいても、観光地にはほとんど行っていないから、暮らしてしまえば案外そんなものなのだろう。
 当時は物見遊山で新しいデパートに出かけるほどヒマじゃなかったのだ。きっと。 

 さて、今日の行き先は、そのタカシマヤと東急ハンズの先にあるはずの「紀伊国屋サザンシアター」である。
 突然舞い込んできた2名様ご招待のチケット、通常なら母が出かけるところだが都合がつかず、娘と私で行くことになったのだ。
 体調に不安はあったが、娘と一緒なら何とかなるだろう。
 娘にとっては、お子ちゃまミュージカルの『オズの魔法使い』以来のお芝居、初めてのオトナの演劇だ。

 小劇場系の芝居と聞いて、私は理由もなく1階もしくは地下の小屋と決めつけていた。
 ビルの上階に劇場があるとは思わず、ふらふらと空の写真を撮っているうちに、うっかり紀伊国屋書店ビルを通り越してしまった。
 しかし、娘がめざとくエレベーターの前に掲示してあったポスターをチェックしていたので、無事開演前にたどりつくことができたのだった。

 入り口でいろいろな芝居のチラシが挟まったパンフレットを受け取る。
 そのずっしり重い紙の束に、劇場は新しく清潔だが、この世界はあいかわらずなのかなぁ、と思う。
 昔は、芝居を見に行くと、入り口付近に各劇団のチラシ配り隊がいて、あっというまにファイル一冊分ぐらいのチラシを持たされたものだ。

 好きで、ただ好きで、寝食を忘れて芝居に打ち込む若い人たち。
 TVやCMで稼いだ金を、自分の劇団の舞台につぎ込む俳優さんたち。
 贔屓の劇団の公演のためなら、会社を休むぐらい何とも思わない熱狂的なファン。
 本当に特殊な世界だ。

 特殊といえば、宝塚や歌舞伎はもっと凄いらしいが、ちょっと魔界の森が深そうなので、この際、触れないでおこう。

 アナウンスが流れる。

 劇団M.O.P.第36回公演 『黒いハンカチーフ』 の開演だ。
 
 作・演出をしているマキノ・ノゾミ氏は、NHKのドラマの脚本も手がけている人だし、公演回数からして、小劇場系でも中堅どころなのかもしれない。
 私が演劇を見なくなり、劇評も読まなくなってから長い月日が流れているので、劇団のカラーも何も知らない。
 見覚えのある役者も一人もいない。
 まったく白紙の状態というのも初めての経験で、席についた時点で疲れていたものの、少し楽しみだった。

 で、ここまで前置きが長くて、1行で済ませるのは心苦しいが、要約するとこういう芝居。

 軽妙洒脱な詐欺師のお話。

 ・・・・・・・

   ※万が一、劇団関係者、及びファンの方がいらっしゃったらごめんなさい。

    脚本、巧かったです。どんでん返しもそれなりにやられました。
    役者さんたち、上手でした。
    美術さん、シンプルだけど効果的な演出のできるセットでした。

 ・・・・・・・

 最後のどんでん返しに笑いつつ暗転。
 
 拍手。
 
 役者さんたちの挨拶。
 
 拍手。
 
 幕が降りる。

 拍手止む。

 え? 止んじゃうの?
 
 カーテンコールもなし。はい、おしまい。

 ・・・・・・・

 はぁ。

 軽いとは思っていたけど、ここまであっさり??

 面白かったね〜、と、コミックス一冊読んだ後のように、連れと談笑する若者。
 さくさくと劇場から出て、スペースシップのブリッジのような空調の効いた渡り廊下を駅に向かう観客。
 芝居を見た後で、ここまで軽く乾いた感じなのは初めてだった。
 この世界も様変わりしたということなのか、それとも、この劇団のカラーなのかを考えあぐねて、ふと、隣りを見ると、娘が目をキラキラさせている。

 「おかーさん、私、あーゆーの、作ってみたい」
 
 「面白かったの?」

 「うん」

 そうか、もしかしたら、変わったのは私なのかもしれない。
 あちこちガタがきても、モノを感じる力だけは衰えていないつもりでいたのが、このザマである。
 
 さわやかな夜風が高層ビルの谷間を吹き抜けていく。
 今までに観たいろいろな芝居の、いろいろな場面が、ビルのてっぺんの赤いランプのように点滅している。
 
 ・・・・・・・

 時は70年代、終劇の予兆に、役者も観客も一体となって臨界点に達したとき、紅いテントが舞台の裏で翻る。
 紅テントが “向こう側” に抜けるのだ。
 冷たい外気と、テントにこもった凄まじい熱気が渦を巻く。
 異空間への扉が開き、彼岸への道標のように、新宿花園神社の灯篭が揺れている。

 それはそれは形容しがたいほど濃密な空間で、紅テントを観た後は、なかなか此岸に戻れない感覚に陥ったものだ。
 きっと、私の目玉は、今の娘以上にキラキラ(もしくは虚ろ)になっていたのだろう。

 ・・・・・・・

 そして幾星霜。
 当時、魔術師のように思っていた唐十郎は、今やどこかのドラ息子の再教育を請け負う親父になっているし、美術学校の学園祭で、一緒に芝居をした仲間の何人かは本当に彼の岸へ渡ってしまっている。

 ・・・・・・・

 「でもなー、お芝居って、お絵描きよりお金にならなそうだよね」

 「まぁね」

 「うん、ちゃんとわかってるんだー。だから、ちょっと面白そうでも、手は出さない」

 「そっか、でも芝居って、やるのはまぢで楽しいぞ、チームプレイとしては、最高の一体感だしね」

 「いい仲間と好きなことやるのは楽しそうだけど、ビンボーはイヤ」

 ・・・・・・・

 リアリストの娘は、夢見がちな私の錨みたいなもんだな。
 もうしばらくの間は、漂流しなくて済みそうだ。
 私も、夢とうつつの隙間で、カーテンコールまでもう少し頑張ってみるか。




...




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