9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。
旅に出て3ヶ月と4日目。 わたしは嘘を守るという少年に出会った。
「ぼくは体に、嘘を飼っている。」
一番最初に少年が言った言葉がそれだった。 辺境にある村。旅人が訪れるのは珍しいと村を案内してくれた村長の息子。 それが少年だった。 わたしは少年の部屋へ招かれ、温野菜のスープを飲み 意外な少年の話に耳を傾けた。
「嘘を、飼う?」 「うん。お腹に。」
そう言って少年は自分の腹をさすった。 わたしは少年の体を凝視する。 痩せた少年の体はうすっぺらく、なんの異常も見つけられない。 わたしの遠慮のない視線に少年は苦笑した。
「嘘つきの種って知ってるかい。」 「え、知らないわ。」 「その種は飲み込むと体に、こっそりと住み着く。」 「はぁ。」 「そして飲み込んだ本人がついた嘘を、誰かに打ち明ければひとたび体に根を張って、見る見るうちに大きくなる。」 「嘘を、打ち明けると。」 「そう。最後には口や耳、あるいは皮膚を突き破って枝が伸び、養分を吸い尽くして、大きな大きな木になるんだ。」
ごくり。 わたしは想像して息を呑んだ。
「ぼくは、その種を飲んだ。」 「な、なぜ。」
わたしよりずいぶんと幼いはずの少年は、 大人が見せるような微笑を浮かべる。
「母を守るために、悲しませないために、ついた嘘があるんだ。」 「ええ。」 「その嘘を、守るため。」 「…そう。」 「幸せになるための嘘ってあるんだ。」 「そうね。」
少年は何も言わず、スープをひとくちのんだ。 わたしも何も言わず、ただ少年を見つめる。 当たり前だが、少年がついた嘘がどんなものだったかは最後まで分からなかった。 知らなくていい。気づかなくていい。 間違っているけど、間違っていない。 世界にはそういうものだって落ちている。
「嘘つきの種か。わたしはおしゃべりだから飲みたくないわ。」 「うん、飲まないほうがいいよ。」
少年はそう言うと柔らかく笑った。 きっと少年は誰にも言えない嘘に苦しんでいるだろう。 けれどわたしは気づかないように、柔らかく微笑んだ。
少年の母が、お昼にしましょうと呼んでいる。 あたたかな日差しが目にかすむ、そんな午後だった。
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匿名さんからのお題「嘘を守る」より。
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