2004年10月07日(木) 嘘を飼う少年
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て3ヶ月と4日目。
わたしは嘘を守るという少年に出会った。

「ぼくは体に、嘘を飼っている。」

一番最初に少年が言った言葉がそれだった。
辺境にある村。旅人が訪れるのは珍しいと村を案内してくれた村長の息子。
それが少年だった。
わたしは少年の部屋へ招かれ、温野菜のスープを飲み
意外な少年の話に耳を傾けた。

「嘘を、飼う?」
「うん。お腹に。」

そう言って少年は自分の腹をさすった。
わたしは少年の体を凝視する。
痩せた少年の体はうすっぺらく、なんの異常も見つけられない。
わたしの遠慮のない視線に少年は苦笑した。

「嘘つきの種って知ってるかい。」
「え、知らないわ。」
「その種は飲み込むと体に、こっそりと住み着く。」
「はぁ。」
「そして飲み込んだ本人がついた嘘を、誰かに打ち明ければひとたび体に根を張って、見る見るうちに大きくなる。」
「嘘を、打ち明けると。」
「そう。最後には口や耳、あるいは皮膚を突き破って枝が伸び、養分を吸い尽くして、大きな大きな木になるんだ。」

ごくり。
わたしは想像して息を呑んだ。

「ぼくは、その種を飲んだ。」
「な、なぜ。」

わたしよりずいぶんと幼いはずの少年は、
大人が見せるような微笑を浮かべる。

「母を守るために、悲しませないために、ついた嘘があるんだ。」
「ええ。」
「その嘘を、守るため。」
「…そう。」
「幸せになるための嘘ってあるんだ。」
「そうね。」

少年は何も言わず、スープをひとくちのんだ。
わたしも何も言わず、ただ少年を見つめる。
当たり前だが、少年がついた嘘がどんなものだったかは最後まで分からなかった。
知らなくていい。気づかなくていい。
間違っているけど、間違っていない。
世界にはそういうものだって落ちている。

「嘘つきの種か。わたしはおしゃべりだから飲みたくないわ。」
「うん、飲まないほうがいいよ。」

少年はそう言うと柔らかく笑った。
きっと少年は誰にも言えない嘘に苦しんでいるだろう。
けれどわたしは気づかないように、柔らかく微笑んだ。

少年の母が、お昼にしましょうと呼んでいる。
あたたかな日差しが目にかすむ、そんな午後だった。

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匿名さんからのお題「嘘を守る」より。





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