囁き
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2001年08月12日(日) 小学校

 従兄弟が帰った。少しは家も静かになる。

 あいつ等、そういや小学生なんだよね。両方とも結構考え方とかしっかりしてるから、たまにわからなくなるけど。昔の話とか、色々聞かれた。「煙草いつ吸ったの?」とか。小中高学校面白かったかどうかも聞かれた。部活はやって、続けたほうがいいって言った。

 小学校のころの話も聞かれた。僕が小学校高学年のころ、ぞくに言う『学級崩壊』ってやつだった。そのころはそんな言葉、全く聞かなかったけど。はしりだったんだと思う。授業中立ちあがり、漫画を読んだり遊んだり。まともに授業受けなかった。クラスの一人を除いた全員が。大半が中学受験の塾のために、授業を受ける必要性が全くなかったこともあるし、先生に反発してたのもある。
 一人を除いて・・・いじめがあった。色々話し合って、もういじめは止めようって時に、親父さんが学校に乗りこんで、生徒の一人(それも全く関係のないやつ)を殴ったことで、完全に仲良くなることはなかったやつ。子のことで、僕は完全に女性に手を上げることはできなくなったんだけど・・・それはいいことだと思う。それでいいと思う。
 僕も勿論授業を受けなかった。みんなで文房具を賭けてポーカーやったり、漫画とか本とか読んだり。屋上で一人でいることもあった。このころからやはりどこか、一人でいるのが好きだった。
 楽しかった。当たり前だけど。好きなことしかしてないんだ。あまり悪くも思ってないだろうね。先生は大変だったろうけど・・・最初にそういう事やって、先生はまず職員室に走って行って泣いた。卒業した後、もう高学年の授業はやりたくないって言った。同窓会のとき、クラスのやつが電話したとき、名前言っただけで切られた。当たり前だと思う。5年生で先生が変わってすぐに、結婚と結婚旅行、親父さんがなくなったのが重なって(親父さんが危ないから結婚式先にしたらしい)、2ヶ月くらい、他の先生がもち変わり授業をやてた。そのことが先生から僕達が離れる原因になった要因の大きな一つだと思う。
 そのぶん、クラスの結束は固かった。放課後でみんなでけいどろしてたり、催し物・・・学芸会とか・・・があるときは、凄くまとまってた。それこそ、今考えると笑うくらい。
 一番楽だったろうね。なにも考えないガキが、毎日好きな事してるんだから。

 従兄弟の姉の方、一歩間違えると僕みたいになりかねない奴。いいことじゃないよ。軌道修正は、今ならいくらでも出来るだろうから。ただ、なにも考えない馬鹿にだけはなってほしくないとは思うけどね。多分、平気だろう。


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