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2003年03月19日(水) 僕の生きる道を観て

 テレビで「僕の生きる道」を観た。
 観ていたら、ひとりの先生を思い出した。

 名前は佐藤修(しゅう)といった。
 当時は女子高の先生で、合唱部と管弦楽部の顧問をやっており、本人はセロ弾きだった。
 私は違う高校に通っていたので直接指導を受けてはいないが、地区の高校生が集まってベートーベンの第九を演奏するイベントの時に何度か修先生のタクトで唄った。
 その何度かで、私は修先生を大好きになった。

 こんなことがあった。
 それは通し練習で、ホルンが単独で音を出す場面。
 生徒は緊張のあまりその音を出せずに焦っていた。
 焦れば焦るほど、その音は出なかった。
 その場にいた全員が一緒に緊張し、出るべき音を心の中で求めていた。
 すると修先生は言った。
 「大丈夫だよ。その音はみんなの心の中で聞こえているから」
 クサイ…
 しかし、池田満寿夫似の修先生が発するその言葉は、私の涙腺をストレートに刺激した。

 修先生は合唱も管弦楽も、全国大会に何度も導く優れた指導者である。
 もちろん音楽に対しては厳しく、自らの魂の全てを指導に投入している。
 その先生が「大丈夫だよ…」と言った。
 これが深みのある音楽を生むのだと私は感動したのだった。

 私はその後卒業し、修先生が病気らしいと聞いた。
 しかも胃ガンで、夜寝ることもままならず、座ったまま机に突っ伏して寝ているらしいと。
 私には信じられなかった。
 いや、信じないようにしていた。
 だから、あの朝刊の記事はショックであり、深い感動であった。

 記事には、合唱部の定期演奏会でタクトを振る修先生の写真が使われていた。
 修先生はイスに座りタクトを振っていた。
 演奏はレクイエムであったと記憶している。
 そして記事には、この10日後に修先生はこの世を去ったと書いたあった。
 39歳だった。

 どうしても、この定期演奏会ではタクトを振りたかったのだという。
 もう既に、起き上がっていることが痛みにより無理であったのに。
 ここでタクトを振ることは、目の前に死を呼び寄せることを意味していたのに。
 修先生は自分を演じ切ってこの世を後にしたのだった。

 私はその記事を読んで、
 「大丈夫ですよ。先生の心はみんなの中で生き続けますから」
 と言った。

 もう15年くらい経ちますが、先日も修先生を偲ぶコンサートがありました。
 当時の教え子は、それぞれの思いの中で今も修先生を慕い、その教えを実践しています。






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