ある音楽馬鹿の徒然カキコ♪...みゅう太

 

 

盛り上げる? - 2003年06月18日(水)

先日あるコンサートの後、社内会議でその担当をした同僚が報告をした。

「まあまあいい演奏家みたいで、淡々とはしてましたが時々盛り上げたりしてたしそこそこ聞けるんじゃないですか。」

このまるで愛情のない、覇気のない報告にもうんざり、というか怒りを覚えたが
(大体、ツアーが始まってそのアーティストを0から知るとは何事か!!)
この彼の発言の中に、ひとつどうしようもない違和感のある言い回しがあった。

「盛り上げる。」 という言葉である。

なんで??と思われるかも知れないし、この後の私の意見を読んで疑問を持つ方もいるかもしれないが、
私はこの事に関してはどうしても、自分の正しいと思うところを言ってみたいのです。


音楽でも芝居でもそうなのだが、喜怒哀楽ってものは楽譜や台本の中に全部書いてあるもので、演奏家や役者が勝手に表現するものではない。
だから表現者はまず楽譜なり台本をよく読んで、その世界の中に入るのだ。
表現者はその虚構の中で自然に「居て、語る。」
表現者はそこに感じるものにウソをついたら、それはお客にもウソだとわかる。
「リアル」でなくなるのだ。

音楽が盛り上がるから、演奏家は盛り上がる。
「盛り上げてる。」のではなく「盛り上がっている。」のだ。

曲と関係ないところで「盛り上げてる。」ような演奏家は三流以下だ、と思う。

ただ誤解のないようにひとつ突っ込んで補足しておきたいが、
自然に演じる、ということと、他人に自然に感じてもらう、というのは少し誤差が生じるので
そこを埋めるために演奏者にも役者にも「技術」が必要となる。


生意気なことを言うな、と言われるかもしれないが、これは真実です。
私も音楽を学校で勉強している時はうっすらとしか感じていなかったが、
一流、と言われるアーティストと一緒に仕事をしたり、
最近芝居を勉強するようになってから、はっきりと自覚するようになった。


一般の音楽好きの方ならともかくとして、プロの一線の仕事をしている人間、
ましてや評論家の人間ですらそういうことを平気で語ってるのを見ると
(それも多々。)
とっても悲しいのだ。



...




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