TENSEI塵語

2002年09月12日(木) 見果てぬ夢

「ラ・マンチャの男」は、宗教裁判と火あぶりの刑を待つ地下牢で、
セルバンテスが自己弁明のために、牢のおおぜいの囚人たちに
ドンキホーテの物語を演じさせる、いわゆる劇中劇の形で作られている。
囚人たちは最初、この新入りの詩人に攻撃的で、殺してしまいかねない様相だが、
牢の中で、セルバンテスに対する裁判が行われることになる。
セルバンテスが大事そうに抱えている原稿をめぐり、それの安否を賭けて、
セルバンテスの弁明が始まる。
その弁明の方法として、囚人たちに演じさせるわけである。

ドンキホーテは、幻想の中に生きている。
風車小屋は巨人であり、安宿はお城、宿の主人はお城の立派な城主、
娼婦アルドンサは気高き処女ドルシネア姫、アルドンサの雑巾は絹のスカーフ、
床屋のかぶっている盥は、かぶる者を不死身にするマンブリーノの黄金の兜。。。
その眼はまっすぐで、まったく疑うことを知らないかのようである。
そして歌う、騎士の道、、
「不可能を夢み、無敵の敵に挑む。
 耐え得ぬ哀しみに耐え、勇者も行かぬ地へ向かう。
 勇者も行かぬ地へ永遠の彼方まで、旅に疲れていてもとどかぬ星に手を、
 とどかぬ星はどんなに高くても、求める心を忘れず、遠く到達しがたい星に向かおう」

それでいて、実際のドンキホーテは武術も何もない弱虫である。
滑稽な振る舞いばかりが目立つ。
けれども、彼の心の中では、すべてが輝いているかのようである。
セルバンテスはなぜこのような人物を描いたのか。
劇の合間に、ある政治犯の男とセルバンテスの問答がある。

「・・だが、夢と現実とは違う。ここの囚人たちと君の狂気の男とはな」
「彼らの夢こそ現実的だ」
「夢は夢だ。なぜ詩人は狂人を好む?!」
「似てるのだ」
「人生に背を向けてる」
「人生を選ぶのだ」
「人生を受け入れろ」
「人生をか、、、40年以上も人生を見てきた。
 苦悩、悲惨、残酷さ・・・神の創った子たちの声は道ばたに漂ううめき声だ。
 兵士も奴隷も経験した。
 仲間が戦いで死に、ムチで死んで行く。
 彼らは人生をただ受け入れてきた、、、そして、死んだ。
 ただ当惑して、なぜ?と言いながら死んだ。
 なぜ死ぬのか?ではなく、なぜこんな人生を?と問いながら。。。
 人生で、狂気とは何だ?!!
 現実的すぎること、夢をもたぬこと、ゴミの中の宝探し、、、
 1番の狂気は、人生を、あるべき姿でなく、あるがままに受け入れることだ!!」

・・う〜ん、、、字幕でなく、ちゃんとした台本が欲しいところではあるが、
この場面のセリフをじっくりと読んでみたら、
長年、今ひとつ腑に落ちないところを抱えていたこの作品が、
非常にすっきりした流れでわかりやすくなった。
最後のドンキホーテの病床でアルドンサが夢を思い起こさせる場面は、
はじめて見たときから涙を誘う感動的な場面だったけれども、
今回、ようやく、このミュージカル全編を名作として確信できたと思う。


昨日、図書館に上がって行ったら、廊下に2種の写真ニュースが掲示してあるのだが、
幸四郎の「ラ・マンチャの男」1000回公演達成の記事が出ていた。
偶然でびっくりした。また舞台の方も見に行きたいものだと思った。


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