で、昨日の話であるが、その前に先週のことを書いておかなければ。。。 彼は先週の水曜日に久々に休んだ。 その日は、1日限りであることを虚しく願いながら、自習課題の手配をした。
自習課題の手配とは、課題プリントを考えて用意して、時間割とにらめっこしながら、 自分も含めて空き時間になっている先生に監督を割り振って頼んで回るのである。 頼むのもつらいものであるが、頼まれる方もなかなかつらいものである。 いやむしろ、頼まれるつらさを知っているから頼むのがつらくなるのである。 はっきり断られたら、自分が2時間監督に行くこともある。損な役回りである。 実際、何時間目の空き時間にはこれとあれをしようと予定していることが多いので、 突然それを潰されたら途方に暮れるような事態にもなりうるのである。 けれども、たいていの教員は、1日2日のことなら、持ちつ持たれつということで、 しょうがないなぁ、と言いながらも好意的に協力しあうものである。 多少長期の入院になっても、病気ならしょうがないし、 自分の身にも起こりうることである限り、忙しくても我慢して協力しあうものだ。
木曜日も彼は欠勤だった。 首が動かなくなって、病院で2、3日で治ると言われたから、来週は出る、と、 電話の内容を教頭が教えてくれた。 もうこの辺から怒りでわなわな状態になるのである。いつもの手だからである。 とりあえずこう言っておいて、来週の頭には別の理由が現れて、2週間に及ぶのである。 これで3年目、年2回ずつ同じ手で苦しめられてきたのである。 けれども、彼の宣言は今のところ、金曜までということになっているので、 そのつもりになってそっとしておいてやるしかない。 下手に文句でも言って、それが刺激になって仕事に出られなくなったなんて言われては損だ。
で、昨日の話である。 朝職員室に入ったら、さっそく教頭から報告があった。 起きてから吐いてばかりできょうは休む、明日病院に行く、とのことだった。 今年の6月の時と同じである。 そうして、医者にしばらく行かない方がいいと言われたから休む、となるのである。 9割り以上予想していたことだったが、これで、ぶちっっ、と忍耐の緒が切れたのだ。 すぐに職員室から電話しようとして、職員打ち合わせ前でうるさくなってきたので、 生徒指導室に行って電話して、本人が出るや年上の相手に怒鳴りつけてしまった。 もう誰も自習監督行ってくれないよ、プリントも作りようがないよ、 みんな、腰が痛い、足が痛い、風邪ひいてる、頭痛い、憂鬱だ、と思いながら、 我慢して出てきて、4つ授業やったり会議に出たりして、 その上何日も、人の分まで働かされたりしては、たまったもんじゃないよ。 生徒はもう放っとくよ。ぐちゃぐちゃになるよ。放っといていいの? 出てこられないのがホントに病気ならしょうがないけど、 ホントにそんな病気なら休職するか退職するしかないんじゃないの? ・・・で、とにかく、今すぐ出て来てください、と強く言ってガチャンと切った。
それからしばらくして教頭に電話がかかってきて、とにかくきょう病院に行くから、 という話であった。 おのれ、またもや医者のお見立てを楯に何日も休む気だな、許せん!とますます怒り心頭。 とてもまともに授業ができる精神状態じゃないな、困ったな、と思いつつ、 授業に行っても、始めてしまえばいつものとおりできてしまうのが不思議である。
夕方、思いがけない報告に遭った。奥さんが持ってきた診断書である。 急性腸炎のため入院加療14日を要す、とある。身体の疾病であった。 普通なら、それを気の毒に思い、今朝の暴言を恥じ、後悔し、詫びるところだが、 そんな気は微塵も起こらず、まんまと逃げ込まれた、してやられた、と 腹立たしいばかりである。そして、約2週間をどうしのぐか、悩ましいばかりである。 入院も、医者と結託して避難場所を作っただけだ、そんなコネでもあるんだろうと、 もうそんな風にしか彼を見られなくなってしまっているのである。
学校を出てから、今後の課題の相談と入院確認のために病院に寄った。 見舞う気持ちなど毛頭ない、単なる課題の相談である。 病室に着いたら、ちょうど点滴の取り替えのようだったが、 それを見ていても、単に猿芝居でもしているようにしか見えない。 課題の相談をし、それ以外は何も話さず、きわめて事務的に、おだいじに、と言って、 終始不機嫌な表情のままで、怒りを露わにして、退散してきた。
断っておくが、私がひとりの人物をここまで徹頭徹尾悪く見、悪く言うのは、 教員になってから初めて、いや、生まれて初めてかもしれない。 それも、彼が本当に不登校だと判断できたのだったら、こうまで悪くは言わないだろう。 しかも、これで3年目とはいえ、教科主任という立場でなかったら、 これほど怒る必要はなかったかもしれない。去年も確かに怒っていたけれど。。。
|