TENSEI塵語

2002年11月20日(水) 来たのに帰るとは!

今朝、Sが予定通り来ていた。やれやれ、、、昨日の解放感の完成だ、、と思いきや、
私のところに来て、お詫びとお礼、、とまではまあまあだったが、
「まだ回復しないので、もう1日2日休みたいので自習お願いします」
ん? ・・ム、、、ムムムッ、、、ムムムムムッッ、、と、ちょっとこらえて、
「そりゃ、ホントに病気なら自習もしょうがないけど、課題を自分で作って、
 監督の先生も探して自分で頼んでください」
そう文句があるはずないんだよね。
出てきた以上、自分で課題の指示をして、休息するなり帰るなりする人もある。
しかも、きょうは行事の関係で3時間目のひとつだけじゃないか。
だいたい、3週間も、たとえ病気で入院したにせよ(半信半疑である)、
何もかも放っぽりだして人任せにしてしまえるのが異常である。
入院した日にもちゃんと意識があったくせに。。。
クラスの生徒がどうしてるか、自分の授業がどうなってるのか、
まったく気にならないとは、いったいどういう神経をしているのだろうか?
そうして、きょうも、お詫びとお願いだけしたら、何もしないで帰るつもりだったのだ。
お詫びもお礼も、いかに心のない、形だけのものであるかが露骨である。

驚いたことに、朝の読書タイムとSTも、お人好しの副担の先生に行ってもらって、
自分は職員室に残っている。
せっかく来たんだから、クラスの生徒の様子を見、身の上を説明してくればいいのに。
これも、担任にあるまじき行為ではないか。
私が読書タイムから職員室に戻ると、彼はしぶしぶ課題の印刷をしていた。
場当たりの、単なる漢字プリントである。
その合間に、今までの自習の内容を説明したり、問題プリントの解答を渡したりした。
1週間後の試験までに、授業でやるべきことの予定を立ててもらわなきゃいけないのだ。
最低限の仕事はしろよー、というわけである。

1限目の授業を終えて職員室に戻ってみると、Sの姿はない。
課題はどうしたのかと思って、最初、私のところにぽんとおいてあったら許さん、
と思ったけど、なくて、忙しい教務主任の机の上に発見された。
お人好しの副担で時間割係の先生に押しつけて帰ってしまったらしい。
その時間割係が、教務部でその時間のあいているところへ無造作に割り当てたわけだ。
何の配慮もない。
「安易に引き受けちゃダメだ。優しくすりゃ図に乗るだけなんだから」
と、おとなしく善良な時間割係を叱りつけてしまった。

それにしても、ここまでのSの態度は、教室に行きたくない、学校にいたくない、
明らかにそれだけの思いの表れではないか。

教頭のところに行って、Sからの休暇の申し出はあったのかを尋ねてみた。
「いませんか?」と意外なような、予想的中のような複雑な表情。
朝のやりとりの様子を報告した。
教頭の話では、朝、職員室の入り口のところで彼は泣いてたのだという。
出勤して来るのにも、奥さんがついて来なければならなかったのだという。
迷惑をかけている思いが強くて、心が壊れてしまっているようだ、という。
そんなことを聞いても、もはや何の同情も湧かないのである。
逃げの一手、自分だけラクしたいというわがままな甘えん坊にすぎない。
本当に不登校という病気なら、教員は不可能である。
わがままな甘えん坊でさぼっているなら、不適格教員である。
「要するにそれは、教員はムリだということじゃないですか?」
と、教頭にはっきり言っておいた。
教頭が彼に同情的なのは、問題を大きくしないためと、
自習課題を作ったり、自習監督に行ったりしないからである。
我々としては、こんなやつのために余分に毎日あくせくするのもつらいし、
何よりも、自習課題を持って教室に行って、生徒と接するのがつらいのである。
年間2、3回ならともかくも、十数回も行っていると、
後ろめたい思いにとらわれるのだ。
たとえ1カ月休まれても、日頃から熱心に仕事している人が闘病生活に入ったのだったら
いくら忙しくなろうとも、みんな協力的になれるのである。
そういう事態は今までにもあったけれど、誰も本人を責めたりせずに善処していたのである。

1日2日休みたい、と言っていたから、明日もサボりと決め込んでいることだろう。
明日の課題までは彼は用意して帰っていない。
この辺が、彼がいかに甘ちゃんかということを物語っている。
さぁ、明日どうするか、考えなきゃいけない。


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