TENSEI塵語

2003年04月04日(金) 離任式欠席・歓送迎会出席

きょうは離任式で、転任の挨拶を前任校の生徒たちの前でしなければならなかったが、
転勤の内示が出たすぐに、この日は出られないことを担当者に伝えておいた。
小5のころから不登校を続けた坊ずの、新しい通学先の入学式だったからである。
専門学校なので、保護者同伴の必要はなかったのだけれど、
名古屋の入学式会場の場所も本人にはわからないし(下見に出したけれどダメだった)、
何か、本人だけでは対処しきれないようなことも起こるかもしれないと思い、
連れて行って近所で待機するということを、1カ月前に決めたのである。
そこに転勤の内示が出て、どうしようか迷ったけれど、
やっぱり、自分の子どもの方につかざるをえないなぁ、と判断したわけである。

9時半に出かけて、11時少し前に会場に着いて、
11時の受付時間に坊ずが会場に入っていくのを見届けて、
それで安心していいはずだが、それからが心配の連続である。
12時の式開始の時間近くまで、会館前のベンチで待機する。
自分から、この勉強はしたいということで選んだ学校だから、
心配する必要はないはずだけれど、ひょっとして、
緊張と圧迫感のために、会場から飛び出して来ないとも限らない。
また、このために未明3時から起きている本人が、
式の途中、いや、式を待つまでに眠ってしまって、
肝心なことを聞いていないということもあるかもしれない。
いざ困ったときには電話するように言っておいて近所で待機していた
この11時から2時過ぎまでの約3時間は、
はたから見ると、どう見てもサボりのサラリーマンにしか見えなかっただろう。

それから、歓送迎会(宴会)に出るために前任校に行った。
4時に、2年前退職されたK女史が会いに来て下さった。
昨夜電話で大方のことは談笑したのだけれど、まだまだ尽きなかった。
K女史は、部活で副顧問を長くやってもらったり、
担任−副担関係でも2、3度お世話になった人である。
また、創立90年の記念誌作りでも、協力関係にあった人である。

歓送迎会でいざ指名された場合の挨拶も考えてはあったけれど、それは無用で済んだ。
この15年のことを思うと、泣いちゃう恐れがあるので危険である。
スピーチは免れて、次々に注ぎに来て話しに来てくれる人たちとの談笑が続いて、
宴会場から追い出されるまで参加したのも久々だった。

とにかく、きょうで一区切りとなって、月曜日から新たな生活が始まるわけだ。


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