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少しだけ - 2001年08月28日(火) 金曜日に非経口栄養を処方してあげた患者さん。返事をするのも苦しいくらいだったのに、今日はゆっくりとならお話出来るくらいまで元気になってた。嬉しかった。ものすごく嬉しくて、「早く口からごはんが食べられるようになろうね、もうすぐだからね」って言ったら、とても素敵な笑顔を見せてくれた。MSっていう大変な病気で、お姉さんが見せてくれた一年前の写真は完ぺきなオーバーウェイトだったのに、今は見る影もなくがりがりにやせ細ってる。力がなくて、腕も上がらない。手も動かせない。 「毎日毎日、僕は感謝するようになったよ、自分が元気でいられてることに。」 ハンサムドクターはそう言ってた。 わたしはどうかな。そんなふうには思ったことないかもしれない。患者さんが少しでもよくなってくれると、ただ、それが嬉しい。おんなじように生まれてきたのに、治らない病気になってしまう人がいるのは不公平だと思う。自分はそうじゃなくてよかったとは思えない。ただ、患者さんに「自分は不幸だ」と思いつめないでって願う。だから少しでも少しでも、幸せな瞬間をあげたいと思う。 患者さんの笑顔が嬉しい。患者さんの家族の笑顔が嬉しい。 笑顔をいっぱいもらった日は、あの人に特別会いたくなる。 帰って来ると、電話が鳴る。ハンサムドクターからかもしれないと思って出ないでいる。仕事の終わり間際にペイジャーが鳴って、電話するとハンサムドクターだった。「今終わって帰るとこ。きみは?」「あたしはあと30分くらいかなあ」「じゃあ、夜電話するよ」。そう言ってたから。今はダメだよ、あの人に電話する時間だから。 アンサリング・マシーンから声が聞こえる。「ほーほーほー」って、またわけのわかんないあの人の声。笑いながら、すぐにかけ直す。 3日から、今度は1週間も出張だって言った。9月の初めにまた出張があるって言ってたもんね。もう9月になるんだ。わたしの3日はレイバーデーの休日なのに、あの人は2日は忙しい。1日の土曜日も忙しい。1週間以上、声が聞けなくなる。 「デートしようかなあ、ドクターと。」 「ダメ。絶対ダメだからね。」 「ずるいよ。自分は彼女がいるくせに。」 相変わらず、困らせるわたし。「いいな。あなたに会えていいな。彼女はいいな」なんて言い出すから、ご機嫌斜めがまた最悪になるのを察知してあの人が言う。 「出かける用意出来たら、もう一回電話するよ。行きながら話そ。」 「いいよ、今日は。明日起こしてあげるから。」 「なんでー? おかしいよ、いつもなら『かけて〜』って言うくせに。」 「だって、ドクターから電話かかってくるんだもん。かけてくれた時、話し中だったらヤでしょ?」 「ムカつくなあ。わかったよ。話し中だったらもっとムカつくから、じゃあかけないよ。明日起こしてよ?」 15分くらいしてから、やっぱりかける。あの人がが淋しそうだから、淋しくなった。 「どうしたの? ドクターの電話は?」 「まだかかって来ない。」 「あー、だからかけて来たのか。」 「違うよ。また声が聞きたくなったの。」 「うそだよ。」 「うそじゃないよー。」 「ほんとに声聞きたかった?」 「ほんと。」 「信じるよ?」 きっとものすごく心配させてるんだよね、あのデートの日から。 今日は声の様子もずっと違ってた。そういうの、わかっちゃう。 あなたから離れようとしてるんじゃないんだよ。 わたしとおんなじ淋しい気持ちにしてやろうなんても思ってないよ。 少しだけ、平気になろうって思ってるだけ。 ただ、ほんとに、少しだけ平気になりたいだけ。 そして、なれるような気がするだけ。 -
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