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口紅 - 2001年08月30日(木) お昼休みにクッキーをもらった。フードサービスのキッチンから。 マカダミアナッツとホワイトチョコのチャンク入りの、大きなクッキー。 病院のクッキーの中で一番お気に入りのヤツ。 「もう一枚」っておねだりしたら、全部で4枚もくれた。 食べきれなくて、ふたつをラップに包む。 白衣のポケットにしのばせて、ハンサムドクターにあげようと思ってたのに、 今日もドクターはお昼からはよそのフロアで仕事だった。 帰る前にオフィスからペイジする。すぐに電話が鳴る。 5階のスタッフルームにいるって言う。 行ってみたら、ひとりでコンピューターの前に座ってた。 「クッキー、差し入れ。キッチンのだけど。さっき、ジュースももらったから、ハイ。」 「今日、オーバーナイトなんだ。ありがと。嬉しい。」 少しだけ話をして、じゃあ帰るね、って立ち上がる。ドクターも立ち上がる。 ドアのところまで来てくれたと思ったら、開いていたドアをドクターは閉めた。 「Bad boy!」。そう言ったらドクターは笑って、わたしに接近する。 わたしはドクターの背中に両腕をまわして、胸に寄りかかる。 あたたかい。あたたかい。心地いい。 くちびるが届く寸前に「口紅」っていうと、ちょっとだけキスしてドクターは自分の口を拭う。そして「とれた?」って聞く。 肩を抱きしめてくれてた腕を、腰にまわすから、わたしは今度はドクターの首に抱きつく。 ぎゅうっと抱きしめてくれる。すごくすごくきつく、強く。痛いくらいに。 たったそれだけのことなのに、あの人じゃないのに、幸せな気分になる。 たったそれだけのことを、あの人とわたしには決して出来ない。 ドクターは「車の運転、気をつけて」って送り出してくれた。 うちに帰って電話する。あの人の声が体中に染みる。まるでドクターの腕の中の余韻を消すみたいに。そして安心する。あの人の声が一番いい、そう思う。 いつものように、眠たそうな声。やっと起きたら「もう時間ないから、朝ご飯食べてくるよ」なんて言う。わたしは拗ねる。「じゃあさ、夕方時間出来るから、電話してあげる。きみの朝6時くらいだけど、いい?」。 「朝ご飯、何食べるの?」 「シリアルにしようかな。」 「うん。それがいい。朝ご飯はシリアルだよ、やっぱり。シリアル毎日食べて、早くアメリカ人になって。」 「そうする。早くアメリカ人になるよ。」 そう、早くアメリカ人になってよ。 それで、ハンサムドクターと入れ替わって。 いつかあの人が言ったことを思い出す。 「やっぱり会える人じゃなきゃだめ?」 自分が答えたことを思い出す。 「会える人じゃなきゃだめなんじゃなくて、あなたじゃなきゃだめなの。」 あなたじゃなきゃだめなの。 なのに、あなたはだめなの。 あなたは彼女しか、痛いくらいにぎゅうっと抱きしめてあげられない。 「ん〜って、くちびる出してごらん。」 そう言って、電話越しにキスをいっぱいくれる。 「口紅ついたよ」ってわたしは言う。 -
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