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しっぽのない悪魔 - 2001年09月10日(月) アパートにいると、電話が鳴る。ドクターは取ろうとしない。留守電にメッセージを残す女の子の声が聞こえる。その前にも別の女の子からかかってきてた。「出なくていいの?」「いい。僕のことが好きな子なんだよ」「ふうん。女の子はみんな自分が好きだと思ってるんでしょ?」「思ってないよ。みんながそう言うだけさ」「あっそう。あたしは好きじゃないよ」「好きじゃないの?」「好きじゃないよ」「ほんとに好きじゃないの?」「好きじゃないよ」「ひどいなあ」「あなたはあたしのこと好き?」「好きだよ。好きに決まってるじゃん」「一体何人ガールフレンドがいるの?」「ガールフレンドはいないよ。そう言っただろ?」「じゃなくて、女友だち」「7人」。 突然、涙がこみあげてきた。わたしはその中のひとりで、ドクターは7人の女友だちとおんなじようにこうして過ごすんだと思った。みんなおなじように好きなんだと思った。ドクターへの想いとあの人への想いと、あの人の彼女への想いとわたしへの想いと、どれひとつみんな悲しくなった。いつまでたっても抱えたまんまの自分の痛みが、一気に押し寄せてきた。 気づかれないように、ふざけてるふりしてドクターのシャツに顔をうずめる。ぎゅうっと顔をうずめて離れない。何やってんの?ってドクターが笑いながらわざと立ち上がっても、自分の体をずるずると引きずって、顔をうずめたまま離れない。わたしも笑いながら、離れない。 気がつい て、ドクターはわたしの頭を掴んで無理矢理離す。涙と化粧でぐちゃぐちゃになったドクターのシャツ。「見ないで」って、ぐちゃぐちゃの顔をそむけようとするわたし。ドクターは驚いた顔してわたしを見る。その顔を見て、ポロポロ涙がこぼれた。 「どうしたの?」 「・・・。」 「僕がいいかげんなことしてきみを惑わしてると思ったの?」 「・・・ううん。」 「僕はね、今はほんとにシリアスな関係が欲しくないんだ。それなのにきみとこんなふうに会ってるのが、きみはいや?」 「・・・。」 「僕は好きだよ、きみといるのが。楽しいよ。きみと過ごせる時間がすごく楽しくて、幸せだよ。だけどきみがただの友だちでいたいなら・・・」 「違うの。違う。心配しないで。なんでもないよ。平気だから。」 わたしは笑って見せる。あの人の電話で泣くみたいに、子どもみたいにひくひく泣きながら。 「なんでもなくない。平気じゃない。」 あの人とおんなじ言葉だ・・・。 ドクターはわたしにキスする。ひくひく泣くからいつもみたいにちゃんと応じられない。「もう、キスしてくれないの?」。わたしは返事をしないで、自分からドクターにキスをする。 男の人は、どうして泣いてる女を抱きたがるんだろう。泣いてるときに抱かれると、どうしてあんなにいいんだろう。長い長い時間だった。言葉もいっぱいくれた。頭がくらくらして、もう動けないほどに果てた。キッチンからペーパータオルを取って来て、ドクターはごわごわのペーパータオルでわたしの鼻水と涙を一緒に拭いた。 「ちゃんと話して。僕はきみに正直にしかなれない。だけどきみを傷つけたくない。ただの友だちでいたほうがいいの? 傷つけたくないから、ちゃんと話して。」 なんでそんなにあの人みたいなの? 「ううん。このままがいい。」 「ほんとに?」 「そうじゃないの。そのことじゃないの。あたし、あなたがシリアスなガールフレンド今は欲しくないって気持ち、ちゃんと理解してる。だけど。だけど、じゃあなんであたしを誘ったの? 6人もシリアスじゃないガールフレンドがいるのに。だって」 「聞いて。ちゃんと聞いて」。 わたしの言葉を遮って、ドクターは言う。またあの人とおんなじ言葉。 「ただの仲のいい友だちだよ。一緒に出かけたりするけど、誰ともキスだってしたことない。」 ほんとに? ドクターの目を見つめる。 「信じてよ。きみだけだよ。ほかの誰ともキスさえしない。・・・わかった?」 「キスしないでセックスするの?」。わたしはもう笑ってる。 「バカ。娼婦相手だよ、それじゃ。あのね、7人の女の子と平行でセックスなんかしてたら、精液が枯れてペニスが脱水状態になるよ。ドライプルーンだよ。レーズンふたつ付きの。」「それ、診断名は『重体の脱水症状』だね」。笑ってわたしは抱きつく。 「きみはお尻に骨があるんだよ」。わたしは思わず自分のお尻に触る。「これ、骨じゃなくてしっぽだよ」「猫なの?」ってドクターは笑う。「猫じゃなくて、悪魔なの」「悪魔なのか」。また笑う。「違う、やっぱりあたしは天使。しっぽが生えてる天使だよ」。言ってから、胸が疼いた。「悪魔はあなたよ。しっぽのない悪魔」「僕は天使だよ」。 どきっとした。わたしは笑う。笑いながら、切なさで胸がいっぱいになる。 違うよ。あの人が天使なの。 -
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