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叱られてばっか - 2001年09月17日(月) アッカンベーをしてやった。朝、ナースステーションに向かって歩いてくるドクターがわたしを見てにっこり笑ったとき。「なに? なに? なんで?」。そう言って慌ててわたしのそばに来て、ちらっとドクターの顔を覗いたあと下向いて仕事するふりするわたしに、ドクターは言った。「昨日は一日仕事だったんだから。朝8時から夜10時まで」。見てるふりしてるメディカルレコードのファイルが、逆さになってることに気づいて焦った。慌てて誤魔化すように、聞く。「8時から10時? 夜の?」「違うって。8:00 AM から 10:00 PM」。AM と PM のところに力を入れてドクターは言う。「ホントに? そうだったの。でも、見かけなかった」。わたしは口を尖がらせる。「ここでじゃないよ」。ドクターはもうひとつの方の病院の名前を言う。仕事だったんだ。笑った。ドクターも安心したみたいに笑った。「あと1時間くらいはここにいるから。わかった?」。ドクターの「わかった?」はとても優しい。わたしは思わずこっくりする。あの人の「わかった?」もとても好き。でもあの人にこっくりしても、見えない。 車のブレーキの調子が悪くなって修理してもらったら、タイヤも交換しなきゃもうバースト寸前だって言われた。「よくこれで高速毎日走ってたよ、怖い」って言われた。修理代に全部で1000ドル近くかかる。タイヤだけもう少しあとにしようと思ってたら、今朝父から電話で叱られた。あの日から心配して毎日のようにメールを送ってくる父に、何気なくそのことを書いたら。「すぐにタイヤも交換しなさい。事故になったらどうする。加害者まで出したらどうするんだ。こんなときにそんなことで命を絶つような真似をするな」。朝、6時頃だった。眠気も吹っ飛んで、「はいっ」「はいっ」って大きな声でよいこの返事をしてた。父に叱られてこんな返事をするなんて、生まれて初めてかもしれないと思った。 電話代がきつくなった。昨日あの人に話したら、電話の時間を短くしようって言われた。だだをこねたら叱られた。「僕が心配してるのがわからない? きみが食費削って電話代に当てたりしやしないかって、心配なんだよ。こっちからもかけるから、一日に10分くらいにすれば今まで通り毎日話せるだろ?」。それでもいやだといって、叱られた。今日はあの人が時間を気にして話してた。明日は僕がかけるからって言ってくれたけど、悲しかった。 切って少ししたら、うちに帰ったドクターが電話をくれた。疲れてた。体も疲れてるけど、精神的に参ってるって言った。どうしようもなく憂鬱な気分だって言う。「あっちの病院、患者さんいっぱいいたの?」「たくさんはいないよ。みんな死んじゃったんだから」。怒るように言い放った。「なんでこんなことが起こらなきゃいけないんだろう。悲しすぎるよ。何千人もの人が・・・」。みんな思いは一緒だ。日が経つにつれて、悲しみが増す。 「ちゃんとごはん食べたの?」「食べたよ。きみは?」「食べた」「何食べたの?」。あの人とおんなじこと聞く。「サンドイッチ」「それだけ?」「だって。お金ないんだもん。ほんっとないの。バイトでもしようかなあ」「何言ってんだよ」「それか、娼婦しようかなあ」「・・・。真面目に言ってんの?」「娼婦ってお金になる?」「そりゃあなるさ」「ねえ、知ってる人いる? 誰か紹介してくれる?」「いるよ、いくらでも紹介してやるよ。本気で言ってるの?」「わかんない。でも興味ある」「冗談だろ?」「半分」「半分は本気なの?」。わたしは笑う。そしたらいきなり叱られた。「なんでもっと違う方法考えないんだよ、お金が要るにしても。いろんな男に抱かれて金にするのが平気なのか。ストリッパーでもしてろよ。その方がよっぽど綺麗だよ」。わたしは慌てて言う。「冗談だよ」「冗談じゃないんだろ?」「冗談だってば」「本気だって言ったじゃないか。半分本気なんだろ?」「違うよ。本気じゃないよ。冗談だって」「引っ込めなくていいよ。真剣に考えてるんだろ?」「違うってば。怒ってるの?」「怒ってないよ。驚いたよ。きみがそんなこと考えるなんて」「だから、冗談で言ったんだってば」「・・・わかったよ。信じるよ。もう言わないよ」。 ドクターは疲れてる。ソーシャルワーカーのフランチェスカがひどいヤツだと言って、「ビッチ」って罵る。「ごめん。今日はどうかしてるよ。たまらない気分なんだ」。悲しすぎるよ、やり切れないよ、って繰り返した。あの日からずっと休みなしで、オーバーナイトが続いてたのに、やっとお休みのはずだった昨日の日曜日ももうひとつの病院で仕事。疲れすぎてる。「今朝はきみが怒ってるしさ」。「怒ってないよ」ってわたしはまた慌てて言う。「ちょっとだけ本気で怒ってただろ?」「ふりしただけ」。抱きしめてあげたくなった。「明日は優しくしてあげる」「ありがと。恩に着るよ」。そう言ってドクターは笑った。それから、また言う。 「きみが娼婦になるんだったら、男紹介してやるよ。だけどね・・・」「だけど何?」「僕はきみにもう指一本触れないからね」。そんなに怒ると思ってなかった。「そんなこと言わないで、お願い。ほんとに本気じゃないよ。冗談だよ。ごめんなさい」。わたしは泣きそうな声になる。「ごめん」。ドクターが言う。 明日はうんと優しく微笑んであげる。こんなときに、自分ばっかり支えてもらいたいと思って、ドクターのこころなんか癒してあげられてなかった。うんと優しくしてあげるよ。 「僕は少しの時間でもいいから、きみと毎日話がしたい」。あの人はそう言ってくれた。聞いたときにはちゃんとわかってなかった言葉。あの人にもちゃんと優しくなろう。 叱られてばっかりの日。だけど気持ちがふさぐのは、そのせいじゃない。 「悲しすぎるよ、やり切れないよ」。ほんとに、毎日がそう。ずっと、そう。 -
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