![]() |
ドクターがいない - 2001年09月25日(火) 違う病院で一日ずっと研修があることになってた。1時間半待っても講師が来なくて、キャンセルになった。ほんっとアメリカなんだからって思いながら、そのまま自分の病院に仕事に行く。ドクターのいなくなった病院に、今日は行かずに済むと思ってたのに。もう探しても待っても、絶対に会えない。クッキーもあげられない。お昼ごはんも一緒に食べに行けない。帰り際にペイジもできない。ギフトショップのとこで「気をつけて帰りなよ」って言ってもらえない。誰もいないスタッフルームで抱きしめてもらえない。それに、ドクターのアパートからもう一緒に仕事に行けないよ。今度は運転してもらおうって決めてたんだよ。オーバーナイト明けの日曜日の朝に、迎えにも行ってあげられない。 全部一回ずつだった。クッキーを除いて。でもちゃんと一回ずつ、スリリングな素敵をいろいろくれた。違った、アパートから一緒に病院に行ったのは2回だ。最初のはドクターだけが日曜出勤で、そうだ、あの時はドクターが運転したんだ。病院の前で車を止めて二人で降りたあと、わたしは運転席に移った。病院の前なのに、抱きしめてキスしてくれた。 前の日の土曜日、出かける用意してたら「早くおいでよ。ローラーブレードしようよ」って電話がかかった。「じゃあ、ドレスはダメだね。もう着てたのに」「持って来ればいいじゃん、セクシーなドレス。夜も出かけるからさ」。それから「今日はうちに泊まるんだから、スーツケースに要る物全部詰めておいでよ」なんて笑わせた。ローラーブレードするから、ストレッチのパンツ履いてった。Vのローカットの、ストレッチのスリーブレスをトップに合わせて。アパートのドアを開けたドクターは、「素敵だね」って、いきなりわたしを抱きしめた。長いこと抱きしめられて、いっぱいキスされて、そのままベッドでパンツもトップも脱がされた。 もう暗くなってた。一緒にシャワーを浴びたあと、わたしは持ってきたドレスを着て見せる。 「ねえ、素敵でしょ、これ?」 「うん、セクシーだよ。」 「ローラーブレードしなかったじゃん。」 「しょうがないよ、忙しかっただろ?」 そういえば、ローラーブレードはしてないんだ、一回も。もう出来ないよね。夏は終わるし、ドクターは今までよりずっと忙しい。今度いつデート出来るんだろ。 仕事で頭に来ることがあった。つんとすました女のドクターが、自分の間違い認めない。わたしの処方を拒否して、勝手にめちゃくちゃなオーダーしてる。説明しても聞き入れてくれない。わたしの声が大きくなるから、ナースステーションで注目浴びちゃう。Dr.カシーが驚いた顔して見てた。プライドばっか高い女ドクター。わたしの方が専門なんだよ。患者さん、死なせる気? モルモットにしないでよ。ばかばかばか。メディカルレコードに、ドクターの間違い、事細かに指摘してやった。だけどアイツのオーダーが通るんだ。自分が一番偉いと思ってるから。フランチェスカなんかより、ずーっとずーっとビッチだよ。 うちに帰ったら、キッチンの天井から汚い色の水がポタポタ漏ってる。コーヒーメーカーとトースターの上に落ちて、ドロドロ。床もドロドロ。管理人さんに言いに行ったけど、原因の2つ上の階の人が留守で、今日は直してもらえない。しょうがないから、バケツで汚い色のポタポタを受けて、汚い色の水びたしになった床を掃除する。コーヒーメーカーとトースターもごしごし洗う。 やっと着替えてたら、あの人が電話をくれる。 「今ね、下着姿だよ。」 「何言ってんだよ、また。」 「ほんとなんだから。ちょうど洋服脱いだとこだったの。見たい?」 そのまま下着姿でベッドに転がって話す。今日もいっぱい笑った。体中凝ってるっていうあの人が、「20年くらい経ってオヤジになったら、マッサージ機買うよ」って言ったときだけ笑わなかった。「彼女と仲良く使うんだ」って言ってやった。「奥さんと」なんて言いたくない。 ドクターは電話くれたのかな。もしかしたら、あの人と電話してる間に。ビッチなドクターのムカつく話聞いてもらおうって思ってた。せっかく昨日、電話するって言ってくれたのに。ちゃんと時間聞いとけばよかった。もうかかって来なかった。 あの事件以来、事故が多い。毎朝いくつも事故のニュースを聞く。帰りも高速の入り口近くで、180度ひっくり返ってる車の事故を見た。高速を、相変わらずポリスカーと消防車がサイレンを鳴らして走り抜ける。夕方のシフトのナースが、「来るとき高速がまたブロックされてたよ。検問してる、どの高速も」って言う。別の人にそのこと話すと、「また何か恐ろしいことが起こったの?」ってすくんだ。緊張と不安が、ずっと街中に残ってる。研修の講師が来られなかったのも、何かに関係あるのかもしれない。 あの人は言ってくれた。「大丈夫だよ。もうあんな怖いことは起こらないって。大丈夫だから、ね」。 ドクターしか、そばにいてくれる人はいないのに。 -
|
![]() |
![]() |