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僕の天使 - 2001年10月01日(月) あの人の声が、昨日よりもっと沈んでた。おじいちゃんの検査の結果がまだわからない。明日はわかりそうだよって言ってたけど、お母さんのときだって、なかなかわからなかった。もどかしいよ。おじいちゃんっ子みたいだから、ものすごく心配してるんだ。ずっと寝てないって言ってた。去年の父の日に、お父さんじゃなくておじいちゃんにケーキ買ってあげてたの、思い出した。 何でもないとか、大したことないっていうのは、ちょっと難しいかもしれないと思う。でも、心配性で優しいあの人が、少しでも安心出来る結果であってほしい。早くICUから普通の病棟に移れて、おじいちゃんにいっぱい会えますように。 家族の気持ちはほんとにつらい。病院って残酷なところだって時々思う。よくなる患者さんばかりじゃない。どんなに手を尽くしても、ダメなことはある。毎日家族が励ましに来てたのに、誰もいないときにひとりで逝っちゃわなきゃいけない人もいる。「死亡」の文字を見るたびに、心臓から何かがザーッと音を立てて落ちていくような気持ちになる。それでも、病院の日常は、普通の顔して過ぎて行く。 患者さんにジェローをあげた。400キロなんていう極度の肥満で、極端なカロリー制限させられてる人。病院の文句ばっかり言って、食事の文句ばっかり言って、悪態つきっぱなしだった彼が、毎日顔出してるうちに変わってきた。どんなに罵られようが「ちゃんと食べた?」「おいしかった?」って頑張ってるうちに、笑ってくれるようになる。今日初めて、「夕食のジェローがおいしかった。夜食にもうひとつちょうだいよ」なんて言ってくれた。疾患に支障がないから大丈夫。だから、帰り際にこっそりあげた。 こっそり差し出して、「あたしは天使なのよ」ってえらそうに言ったら、嬉しそうに大笑いした。「今食べちゃだめよ。ちゃんと夜までとっとくんだよ」「Youユre my angel!」。 ナースじゃないから、白衣の天使じゃないね。白衣は着てるけど、ナースの白衣じゃないし。だけどわたしだって、時には天使になれるよ。あの人みたいに本物じゃなくても。 ドクターがいたら、きっと話してた。「あの患者さんに『僕の天使』って言われたよ」って。「自分が言わせたんじゃん」って笑っただろうな。 昨日メールした。 土曜日の午後、会える? あなたが旅行に行く前の日。 ダメ? ダメ? ダメ? 「Yes」って言って。 お願い!! . . . ありがとう! いひひ。 返事は来ない。 急に寒くなった。先週まで車にクーラーかけてたのに、今日はヒーター入れてた。外は冬の匂いがした。オイルのような匂いと、風の冷たい匂いと、枯れた葉っぱの芯の匂いが、みんな入り混ざった匂い。どこにいても冬の匂いはおんなじ。いつもなつかしい匂い。もう、落ち葉が道路を走る。まだ枯れてないのに、少しだけ黄色くなったから風に落とされちゃった葉っぱたち。 もうすぐクリスマスだね、なんて思う。 おじいちゃんの病気。あの人の心配。泣きそうだった声。電話越しのいつものキス。ドクターの顔。ドクターの声。来ないメール。会えない一ヶ月。冬の匂い。冬の匂い。冬の匂い。冬の匂い。会えなかったクリスマス。会えなかったクリスマス。会えなかったクリスマス。会えなかったクリスマス。 明日も頑張ろ。少しだけ残酷な病院で、なりそこないの天使を演じて。 -
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