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もしも、もしももしも - 2001年10月20日(土) 土曜日の午後。 わたしはひとりで近所をうろうろしてみる。ドクターはどこにいるのかわからない。もう帰ってるのか、まだ帰ってないのかも、わからない。 車両を通行止めにした通りではまたハーベストフェアをやってて、たくさん屋台のお店が出てた。オレンジ色のいろんな大きさのパンプキンを売ってたり、子どもたちが顔に絵を描いてもらってたり、そういえばもうすぐハロウィーンだなあって思う。 髪を少し切りに行きたいと思ってて、また行かなかった。あの人は「きみは短いのも似合うよ、きっと」って言ってくれたけど、ドクターは長い髪が好きだから切らないでって言う。ちっとも綺麗だとは思えないわたしの髪を、ドクターは綺麗だって言ってくれる。量が多くてボサボサで、昔っからまっすぐなサラサラヘアに憧れてた。でもこっちの人は、この髪をよく誉めてくれる。黒いけど、艶やかなまっ黒じゃないのに、「すごく綺麗な色だよ」とも言ってくれる。ブロンドやブラウンの髪が羨ましくて「あたしも染めたいなあ」って言うと、みんな「ダメ」って言う。「そんな色、わたしたちはなりたくてもなれないんだからね」って。「ブルーブラックっていうんだよ。すごい素敵な色じゃん」って言われて、そっかあ、ブルーブラックっていうのかあ、なんて、その響きが嬉しかったりする。 みんな誉め上手なんだ。細い体でこっちじゃブラのサイズも見つかんない程なのに、「おっぱい大きくなりたーい」って言うと、「何言ってんの。その体でおっぱいおっきかったら猫背になるよ。アンタはその細いのがいいんじゃん。羨ましいよ」なんて言う。わたしは形のいいふくよかなおっぱいと、おっきくてつんと上向いたカッコイイお尻が羨ましくて仕方ないのに。 そうやって人の個性を見つけて誉めて、自分だけにしかないいいとこもみんなちゃんとわかってて、欠点だなんて思ってない。そういうのっていいなって思う。だからみんながそれぞれに魅力的なんだろうな。 ジャケットなんかいらないくらいの、インディアンサマーだった。 ショウウィンドウに映るボサボサの髪が風に美しくなくなびいてるのを横目で見て、やっぱりちょっとだけトリムしたいなって思った。ドクターががっかりしない程度に。 どこにいるんだろう。いつ会えるんだろう。 コーヒー豆を買ってうちに帰ると、また淋しさが押し寄せる。ブラジルから毎日くれたメールが幻みたいな気がして、確かめるように何度も読み直す。連絡くれるまで待ってようと思ってたのに、またメール送っちゃった。「どこにいるの? 帰ってるなら、どうかメールください」なんて。 夜中にあの人が電話をくれた。ものすごく風邪がひどくなって、早退してきたって言ってた。昨日電話したときに「片方だけ鼻が詰まって苦しい」って言うから、歯磨きコ鼻の穴に塗ると通るよって教えてあげた。ほんとはメンソレータムだけど、持ってないって言うから。アヤシイなって自分でちょっと思ったけど、原理は同じだから大丈夫だろうってテキトーなこと言った。その場で試したあの人は「ホントだ。通った通った」って喜んでたのに。前に送ってあげた風邪用の粉末のハーブティも、電話しながら作って飲んでた。「薬っぽーい」ってオエオエ言いながら、「でもすごい効きそう」って納得してたのに。 近くにいたら、熱い雑炊を作ってあげたい。ずっとそばにいてあげたい。病気になったらあの人は電話をくれる。いつだったか、苦しくて眠れなかったときに言ってた。「うなされて死にそうで、ずっときみに電話したかったよ。でも仕事に行ってる時間だったから」って。そういうときに話したいって思ってくれるんだって、胸がきゅうんとした。どうしたらいいか教えてあげられるからだけかもしれないけど、それでもそんなふうに頼ってくれるなら嬉しいと思った。 ドクターも、気温の高いブラジルから寒くなったここに帰ってきて、風邪引いちゃって寝込んでるのかなとふと思う。もしそうなら、熱いチキンスープを作りに行ってあげたい。そばにいてあげたい。だけど多分、ドクターはわたしが心配してることさえ知らない。 ふたりとも大事。ふたりとも好き。あの人と一緒になっちゃった? あの人が彼女と愛し合ってるみたいには、わたしはドクターと愛し合えないけど。だけど「もしも」って考える。 もしも、ドクターが両腕を広げて受け止めてくれるなら、わたしはその胸に今すぐにでも飛び込む。もしももしも、ここを離れて行くときに、「きみもおいでよ」って言ってくれたなら、わたしは迷わずに一緒に行く。 絶対にどうにもならないあの人の想いとあの人への想いにいつまでも縛られているより、その方がよっぽど自然だよね。たとえその先なんてどうなるかわかんなくたって。 そしたらわたし、可愛くて若くて、きっと素敵なサラサラヘアの彼女のウエディングドレス姿を、隣りで愛おしそうに見つめるあの人に、ここから素直に「おめでとう」って言ってあげられるかもしれない。 わたしはわたしのコンプレックスなところを誉めて好きだって言ってくれるドクターを、あの人が彼女を愛してるみたいに、安心して愛しながら。 でもね、きっとダメ。わかんないけど、多分ダメ。 -
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