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失って得たもの - 2001年11月05日(月) 患者さんのメディカルレコードチェックしてたら、突然涙が溢れた。 ナースステーションのコンピューターが全部ふさがってることにかこつけて、ミーティングルームのコンピューターを使いに行った。患者さんの検査数値書き込みながら、親指の爪で必死で涙を押さえた。ナースステーションに戻るときにまた溢れ出て、子どもみたいに拭ってた。 名前を知らない背の高いドクターが、ナースステーションからこっちを見てた。気づかれたことに気づいてないふりして、視線を合わさないように歩いた。 こんなことは初めてだった。仕事中に泣くなんて。それでも、患者さんたちの顔見たら忘れられた。元気になった。もう病院で寝泊まりしたいなあって思った。ずーっと患者さん診ていたい。 ー オフィスの机の下で、チビたち飼ってもいいですか? 大好きなナースのミス・ベンジャミンが「おいで」って言う。ホールの隅っこの窓際で話しながら、また涙が出た。「わたし、聞いたでしょ? 『彼は優しい? 』って前に。アンタ、優しいよ、素敵だよって言ってたから、それがほんとなんだなあって思ってたんだけど。だってね、ナースたちには親切なドクターじゃなかったもん」。ううん。優しかった。優しくて、センシティブな人だったんだよ。病院じゃ、いつもカリカリしてたの知ってるけど。でも、わたしにはいつだって優しかった。一緒に仕事したこの病院でも。「そんな、すぐに次見つけるようなの、忘れちゃいなさい」。違うの。あの子は多分、あの夜だけの子。そんなこと出来ちゃうのも、顔がいいからしょうがないじゃん。まだそんなこと思ってた。 お昼にオフィスに戻って、同僚に話した。泣かなかった。全部ほんとの自分も話した。今まで誰にも言わなかったこと。そしたらものすごく素直になれた。「アンタが本気で想い始めてるのわかって、怖くなったんだろね。だけどさ、ダメだよ。彼、アンタに全然相応しくないよ」「あたしだったら、もうショックでその場でどうなってるかわかんない。別の女の子連れて帰って来たなんて」「初めから、アンタだけじゃなかったのかもよ」。違う。絶対違う。それだけは信じられる。わたしがちゃんと分かってあげてなかったの。押しかけたのもいけなかったの。「ダメダメ。別の人探しなよ。終わってよかったんだよ」。みんなそう言う。「結局さ、愛に真剣になれない人なんだから」。わかってたんだよ。途中からわかんなくなったの。わかってるつもりだったのに。 午後からのICUの病棟ふたつは、てんてこまいだった。一緒に仕事したフロアじゃなかったから、忙しさにそれも手伝って、救われた。患者さんは殆どが意識不明で経管栄養取ってる人たちだから話せない。それでもドクターやナースと患者さんの治療に夢中で頑張ってると、忘れられた。 帰り際に隣りのオフィスのアニーのところに行った。アニーはわたしを思いっきり叱ってくれた。それがあんまり可笑しくて、笑ったらボロボロ涙がこぼれた。それでもアニーはわたしを叱りとばした。そして、そのあと力いっぱい抱きしめてくれた。わたしは大きな大きなアニーの胸にしがみついて泣いた。「早くわかってよかったんだよ。アンタ、若くていい子なんだからさ」「あたし、若くない」「歳じゃないよ。若いってのはね、年齢が低いってことじゃないんだからね」。 みんな優しくてあったかかった。だけど悪く言わないで。素敵だったんだよ。わたし、楽しかった。だから信じたい。誰でもわかる簡単なことなのに、わたしったら認めたくないんだろうな。悪い人だなんて・・・。最初に「悪いヤツ」って本人に言ってたくせに。自分だってあの人のこと愛しながら好きだったくせに。でも、ひとりででも信じる。ちゃんと想ってくれてたって。ほんとに好きでいてくれてたって。嘘はなかったって。いつかもしもまた話せるときがあったら、聞く。「I liked you, of course」。いつかみたいに、あの言い方でそう答えてくれるよ。そのときは過去形だけどね。それで充分だよ。 誰がどんなに責めたって、あんなふうに終わったことを、わたしは恨んだりしない。始まりも後悔しない。あんなに素敵な時間を過ごせた。バカかもしれないけど、本気でそう思う。 明日は休日。仕事がないと、きっともっと辛い。だけどこれは普通の失恋だからね。もうすぐ立ち直れるよ。昨日よりは楽になれるよ。明日はあの人ともいっぱい話せる。 こんなことはほんとになかった。人前でポロポロ泣いたり、ホントのこころの内を明かしたり。少しずつ変われそう。誰にでも素直になれるように。正直になれるように。失って得たものだよね。 -
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