天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

棘 - 2001年11月17日(土)

日本で仕事仲間だったダニーは、わたしが夫と日本を離れた翌年に結婚して、わたしたちが住む自分のホームタウンに帰って来た。女優さんみたいに綺麗な日本人の奥さんは、自分が美人だなんてみじんも気がついてないような、屈託がなくて素直でおもしろくて、ケラケラとよく笑う、とてもチャーミングな女性だった。

すぐ近くに住んでいながら、お互いに忙しくてなかなか会えなかったけど、ダニーは会えばいつもほっと出来る幼なじみみたいな友だちだった。気難しくてなかなか人とうち解けない夫も、彼とは気が合って、唯一気の許せる相手だった。誰とでもすぐに仲良くなれる奥さんは、わたしのことも慕ってくれて、よくひとりででもうちに遊びに来てくれた。

ダニーと奥さんは、わたしたちが別居を決めた少しあとにロンドンに引っ越した。そして去年の11月に、この街にふたりでやって来た。

彼らがここに住んでることを知ったのは5月の終わり頃で、メールで一回連絡を取り合っただけのまま会ってなかった。

あのことがあって、急に恋しくなって、「電話番号教えて」ってメールしたらすぐに返事をくれた。あの人と話せなかった水曜日に電話をかけた。長いこと話もしてなかったのに、まるで昨日も会ってたみたいにおしゃべり出来るところが変わってなかった。そして、痛みを全部吸い取ってくれるような暖かさもおんなじだった。「遊びにおいでよ」って言ってくれた。

殆ど2年ぶりに会った彼らは、一緒にいてやっぱりほっと出来た。相変わらず仲のいい素敵なカップルで、羨ましいなって思った。奥さんが食事の用意をしてくれるあいだに、ダニーとわたしはセントラルパークに散歩に行った。ハーレムの南側にあるダニーのアパートは、あのアパートから遠くなかった。「ちゃんと手入れしなくちゃだめだよ」ってあの日レンズ用のクロスで掃除してくれたデジカメを、わたしは持っていた。キッチンのシンクの下から洗剤を取り出すから「何それ? 何使おうとしてるの?」って焦って大声で聞いたら、「ガラスクリーナーだよ。何パニックになってるんだよ」って笑いながら、丁寧に、得意げに、掃除してくれてた。

あれからケースに入れたまま、取り出せなかったデジタルカメラ。

セントラルパークの紅葉は終わりかけてた。代わりにわたしは、レイクのほとりでウェディングの写真撮影をしてる風景を、撮った。まっ白いサテンのドレスに黄色い大きなコサージュをあしらったブライズメイドたちは、とても綺麗だった。黒人に白いドレスはタブーだなんて嘘だと思った。彼女たちは、ほんとに美しかった。

一緒に歩いたレイク沿いの道は、この南側なのかなって思ってた。もしもこの辺りでばったり会ったりしたら、また「ストーカー」って言われちゃうんだろうなって思ってた。そんなことばかり考えながら、全然違うこと話してた。

アパートのあるブロックまで戻って来たとき、交差点を渡りながら言った。
「ダニー。あたしね、ほんとに楽しかったんだ。」
「楽しかったんだから、よかったじゃない。」
「うん。」
「きみはちゃんと抜け出せるよ。」
「うん。」

食事をしながら、ダニーが最後に夫に会ったときのことを話した。それは彼らがロンドンに引っ越す日で、夫が手伝いに行ったときには荷積みが全部終わってたこと。もうそのまますぐに彼らが行ってしまうことを告げたとき、夫が今にも泣き出しそうだったこと。

あの娘が死んだとき、ダニーは誰よりも夫を心配してくれた。悲しみにくれてた夫を連れ出してくれた。もうわたしには心を開けなくなった夫にとって、彼はかけがえのない存在だった。話を聞きながら、夫の気持ちが痛くて苦しくなった。

帰り道は、イーストハーレムを抜けたところから、同じ道になった。あの高速に乗って、あの橋を渡る。初めてデートした日の翌朝に、あの人への裏切りを感じながら走った。追い返された最後のあの日は、通い慣れたはずの高速のどこを走ってるのかわからなくなって、滅茶苦茶な運転をしてた。

今朝もあの人は電話をくれた。「夕方から友だちのところに行くから、モーニングコール出来ないよ」って言ったら、「でももし出来たら、して」「かけられたら、かけて」って何度も言ってた。「友だちと会うの?」って確かめてた。心配してたんだってやっと気がついた。もう会ったりなんかしないのに。ちゃんとそう言えばよかった、って悔やんだ。

いろんなことが、いろんな思いが、次から次から頭に飛び込んできて、棘になって胸に突き刺さった。あの娘のことも、夫のことも、あの人のことも、それから・・・。刺さったところがズキズキ疼いて、眉間の奥まで痛みが走った。

この道を通おう。またダニーに会いに来よう。避けちゃだめ。逃げちゃだめ。忘れちゃだめ。忘れないまま平気になろう。何もかも平気になろう。意地みたいにそう思いながら、ずっと胸がズキズキしてた。

ずっとまだ疼いてる。



-




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail