死 - 2002年02月05日(火) 亡くなった患者さんたち、たくさん見て来たけど、 今日ほど、こんなにどうしようもない感情に襲われたことはなかった。 まだ36歳の男性。 気が違ったように泣き叫ぶ奥さん。 体中から絞り出したような声が、いつまでもいつまでも、フロア中に響き続ける。 なりふり構わず、差し出すナースたちの手を振り払って、 顔を覆いもせず、ただ前を向いて、遠いどこかを見つめて、 声をあげる。あげ続ける。 生まれ育った国に小さな子どもたち二人を待たせて、 新しい生活の基盤を築くために、夫婦でここにやって来てたらしい。 子どもたちをやっと呼び寄せることになって、 迎えに行く飛行機のチケットをもう買ってたっていう。 だけどそんな背景のせいだけじゃない。 今日という日がかの女にとって、一体どういう日なんだろうかって、 今流れている時は、かの女の一体何なんだろうかって、 響き渡る声を聞きながら、ただこころが震えた。 医学なんか限界がある。 それならなんで、治らない病気の患者さんは生かされる苦しみと闘わなきゃいけないんだろう。 病院で仕事したくないって思った。ものすごく思った。 大切な大切な人が死んで行く瞬間を見てた自分が重なった。 赤ちゃんのときだってこんなに泣かなかったかもしれないってくらい泣いた。 かの女とおなじように、大声をあげて狂ったように泣き続けてた。 今朝仕事に向かう車の中で、突然あの娘を抱きしめたくなったばかりだった。 あたたかい体温。柔らかい髪。わたしの胸をぎゅっと掴む小さな手。わたしの手のひらに重みを与えるまるいお尻。わたしの肩にきちんと収まるようにもたれかかる頭。息。心地いい息。苦しそうな息。何もかも、わたしのからだは今だに覚えてる。 会いたくて、会いたくて、胸がきりきりしてた。 運転するわたしのひざに、あの娘が乗っかってたのかもしれない。 それに何かの理由があったのか、今でもわからないけれど。 午前中は仕事にならなくて、 こんなんじゃ医療のプロとは言えないっていうなら、もう医療のプロじゃなくてもいいよ、って気分だった。 それでも患者さんが待ってるから、午後には頑張ってた。 頑張ろうとしてたんじゃなくて、いつもみたいに頑張ってた。 なんか、そんな自分が哀しかった。 うちに帰って鏡を覗くと、目の下にくっきりクマが出来てた。 生理が始まって、不快なだるさと眠気に襲われて、うとうとしてたら電話が鳴った。 母からだった。 もう何年も連絡を絶ってるわたしの妹の夫が、ゆうべ道で倒れてそのまま死んだって知らされた。 大切な大切な人が突然死んで行くその瞬間を、妹もまた、腕に抱きかかえながら見てた。 わたしはお葬式になんか帰らない。 -
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