少しだけ胸騒ぎ - 2002年02月10日(日) 別の世界で生きてるんだって。 この世でやらなくちゃいけないことを全部まっとうしたから、 今は別の世界で幸せに生きてるんだって。 もう痛みもないし、どこも悪くなくて、 元気になって次にしなくちゃいけないことを そこの世界で始めようとしてるんだって。 あたしのことを待っててくれてるんだって。 だからあたしはここでおんなじように、 やらなくちゃいけないことをちゃんと済ませなきゃいけないんだ。 何回も何回も手術をして、 先生はアメリカで経験を積んだ先生で、 ほかのお医者さんが出来ないって言った難しい手術をすすんでしてくれた。 「長生きしてもらおうと頑張ったけど、結局苦しめてしまったようで、申し訳ない」って 謝ってくれたけど、 あたしは感謝してる。 あんな体で精一杯生きてくれた。 先生が最後の最後まで、生かせてくれた。 満足して死んでいけるようにしてくれた。 楽しかったんだよ。 先生のおかげで最後の手術のあとは元気だったんだ。 だからいろんなとこへ一緒に行けたんだよ。 死ぬときも一緒だった。 最後まで一緒だった。 道で倒れてから5分もなかったんだよ。 でも少しも苦しまずに、あたしの腕の中で逝った。 優しい顔してた。 あたし大丈夫だからね。 頑張って、また会える日まで生きるからね。 いなくなっちゃったことは悲しいよ。 だけど、別の世界で幸せに生きてくれてるから、待ってくれてるから、 悲しいことじゃないんだ。 幸せなんだって。 もうひとつの世界で幸せに生きてるんだって。 何年ぶりに話したんだろう。 わけがあって音信不通のままだった妹が、電話をくれた。 何年も経って久しぶりに聞いた声が、自分の夫の死を知らせる電話だなんて。 泣きながら話す声は、それでもこころから自分の夫の「別の世界」での新しい「生」を信じていた。 妹にとっての「別の世界」が、わたしのあの娘がいるところと同じなのかどうかわからないけど、 そう、死んだ人はみんな幸せになれる。 妹もおなじように思ってる。 治らない病気を、少しでも助けるために治療することは、意味のないことじゃないのかもしれないと思えた。 少なくとも、「医学なんて」「病院なんて」って、哀しかった気持ちが少し薄らいだ。 たとえ限界があったって、限界まで尽くすことに意味がなくなんてないのかもしれない。 淋しいね。こころが千切れるみたいに淋しいよね。愛する人が突然消えていなくなるのは。 だけど、悲しいことじゃないんだよね。 愛して愛して、最後まで幸せに生きてくれるように、大切に大切にして、 だから死が不幸だなんて、思わないでいられるんだよね。 たとえ治らない病気だってわかってても、 ううん、治らない病気だってわかってるからこそ、 最後の最後まで手を尽くすのが医療なのかもしれないね。 「もういいよ、もう大丈夫、ありがとう」って、患者さんのこころの声が聞こえるまで。 病院で仕事するのがいやだなんて、もう思わないよ、思わないようにするよ、わたし。 わたしに出来ることなんかちっぽけだけどさ。 でも、なんとなく気になるよ。 ほんとにひとりで、頑張って生きてってくれるかなって。 気のせい? -
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