蝶々の誘惑 - 2002年03月26日(火) 蝶々を追いかける。 追いかけて掴まえる。 怪しげな音楽が流れる。 子どもの笑い声が聞こえる。 蝶々を追いかける。 ひたすら追いかける。 ひたすら追いかけて掴まえる。 蝶々は増える。 どんどん増える。 挑発されて追いかける。 狂ったように掴まえる。 わたしはおかしな気分になる。 電話がプルッと鳴った。 間を置いて、またプルッと鳴る。 このあいだとおんなじだ。 途切れ途切れのプルッが続いて、やっとそのひとつに飛びついたら、 あの人の声がした。 今日もそうだと思った。 けれども今日は2回っきりでプルッは終わって、 掴まえ損ねた。 こっちからかけてみる。 「今? かけてないよ。ゆうべ留守電入れたけど。聞いてくれた?」。 留守電はまた入ってなかった。 ほかの人からの電話はちゃんと鳴ってたのに、 今日のプルッはほかの誰かからだったんだ。 留守電も電話も、壊れてしまったかもしれない。 「ごめん。今ものすごく急いでるから。明日電話する」。 置いてきぼりにされて、 わたしはまたひとり蝶々を掴まえに行く。 緋色の蝶。鶸色の蝶。芥子色の蝶。藍色の蝶。空色の蝶。 陰鬱なのにリズミカルで、アップビートなのに重圧で、不調和なのにハーモニアスな、 音と旋律が交差しては重なり合っては押し寄せる。 気が触れた大人の泣き叫びのような、子どもの笑い声が、やまない。 蝶々は美しく美しく美しく、 わたしは追いかけて追いかけて追いかけて、 おかしな気分になる。 コーナーヒーターから熱い空気がゆらゆらのぼる。 外は雨。 あの人の声が、優しいのにつれなくて、 狂おしい。 苛めないで苛めないで。苛めて。 怒らないで怒らないで。怒って。 優しくしないで優しくしないで。優しくして。 あの人が微笑んでる。 くちびるの両端をあげて、鋭い目をして、微笑んでる。 掴まえた小さな蝶々が手のひらから消えて、 わたしはその手で自分を抱きしめる。 あの人が何か言ってる。 わたしを見つめる目を、目を閉じながら見つめ返す。 わたしは言われたとおりにする。 連れて行って連れて行って。あなたと一緒に行きたい。 目を閉じながら目を閉じる。 狂おしい声が遠のいて行く。 もう聞こえない。もう何も見えない。 春はまだ遠いのに、わたしは蝶々を追いかけて、 あの人は遠すぎて、わたしは手を伸ばせない。 手を伸ばせないまま、 ひとりで墜ちていく。 -
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