あの人の結婚 - 2002年05月11日(土) あの人が来年の夏ごろ結婚するって言った。 早かったら来年の夏。でもわかんない。夏に出来なかったら、その先はわからない。そう言った。 新しい仕事を始めて1年。ちょうど軌道に乗るころだよね。 やっぱり結婚のためなんだって思った。 違う。あの人が何をやったって、わたしがどんな形で応援したって、行き着くところは彼女との結婚。 そんなことわかってる。 わかってるけど。 わかってるけど。 「もうお手伝いしたくない。」 「結婚のためじゃないって言ってるじゃん。」 「もう聞きたくない。」 「手伝ってくれないの?」 「あなたの結婚のためになんか、なんにもしたくない。」 「だからこの間も言っただろ? 違うって。僕がやりたいことなんだ。結婚のためなんかじゃ・・・」 もう頭がクラクラして、何も考えたくなかった。そして電話を勝手に切った。 あの人はかけ直してきて、わたしは電話が留守電に変わるまで放っておいた。 何度も何度もあの人はかけてきた。 何も話せそうになかったけど、涙を拭って電話を取ったら、あの人が言った。 あのね、1年前に結婚するってきみに言って、それからずっと延びてきただろ? なんでかわかる? 彼女は僕のやりたいことに反対してきた。 今度の仕事も反対してる。彼女はちゃんと会社に勤めた安定した生活が欲しいんだ。 でも僕は会社を辞める。・・・正直なところ話すけど、もう今、別れそうなんだ。 あの人の声は震えてた。怒ってるみたいだったし、泣きそうみたいだった。 荒い息づかいさえ聞こえて来て、わたしは唾をごくんと飲み込んだ。 あの人は別れたくなんかない。だから来年の夏って言った。 だけど来年の夏って何? それは彼女が決めた期限? 「今度の仕事が上手く行っても、その仕事自体が彼女は嫌なの?」 「そう。」 「音楽の仕事に繋がってるのに? 音楽の仕事は上手く行ってるのに?」 「僕にはこの先も自信があるけど、彼女はそう思ってない。」 どうしてだめなんだろう。 愛してる人が追いかける夢を、どうして一緒に追いかけたくないんだろう。 どうしてそばで支えてあげないんだろう。 どうして支え合って生きて行きたいと思わないんだろう。 結婚って、そういうものじゃないの? 愛する人が結婚のために夢をあきらめてしまうことが平気なの? 安定がそんなに大事? 何のための結婚? 安定が欲しいなら、なんで一緒に頑張ろうって思わないんだろう。 あの人は彼女を愛してる。彼女だってあの人を愛してる。 だからずっと一緒にいたくて、だから結婚したいはずなのに。 どんな結婚がしたいかなんて人それぞれだから、彼女が間違ってるなんて思わない。 あの人は前に、彼女は自分の仕事が好きで頑張ってるって言ってたけど、 それは目前に、自分の描いてる結婚の夢が現実になりかけてたからかもしれない。 結婚したら仕事を辞めて、愛する人のためにおうちを綺麗にしておいしいお料理を作って、たまには一緒に旅行に出掛けて、かわいい赤ちゃんを産んで、何も心配しなくていい将来・・・。 そんな安定した幸せを夢見てるのに、あの人のしていることはそこからかけ離れてるようにしか思えなくなった? そして結婚はどんどん延期になる。 自分が描いてる結婚の形をあきらなきゃいけないなら、彼女も同じ? 夢をあきらめられないのは、彼女も同じ? わたしが考えてもしょうがない。 それはふたりにしか解けない問題で、他人には、とりわけわたしには、関係ないし何も言えるはずがない。 あの人が結婚するのは淋しい。 だけどあの人が悲しむのはもっと辛い。 大切で大切で大好きな彼女。あの人はもう何度もそう言ってる。 あの人は彼女と幸せになりたい。 わたしはあの人にいつだって幸せでいて欲しい。 あの人の仕事が上手く行って、それで彼女を説得出来るなら・・・。 わたしにはあの人の幸せを祈るしかない。 だって、結婚はもう1年前に分かってることだったんだから。 「もう手伝ってくれないの?」。あの人はもう一度すがるように聞いた。 「あなたのためだけだったら手伝う」。泣き出しそうな声を押さえてわたしは答えた。 わたしはバカだ。だけどしょうがない。あの人に幸せでいて欲しい。ただそれだけ。 そんなことを言ってたって、明日になったらあの人はまた無邪気な天使に戻ってるかもしれない。ときどき大げさにものを言ったりする人だから。 そしてちゃんと予定通り、彼女と幸せに結婚もする。 電話を切ってからそう思って、それでいいはずなのに、 あの人の結婚がわたしはまた悲しくなる。 -
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