空っぽ - 2002年05月12日(日) 「きみは今から何するの?」 「洗濯。あたしがするんじゃなくて、洗濯機がするんだけどね。」 「洗濯機がするの?」 「そうじゃん。あなたんち、洗濯機ないの?」 「手洗いもあるじゃん。」 「そうだ、ブラジャーは手洗いする。」 「なんで?」 「そりゃあだって・・・。多分みんなそうだよ。彼女に聞いてごらんよ。」 「今度聞いてみる。」 「今度っていつ?」 「んー。当分会えないかなあ、忙しくて。」 「会わない」じゃなくて「会えない」なんだ。 「前会ったの、いつ?」って聞いたら、あの人は何かの事件の話をして、「その事件のことニュースで見た次の日に会った。1ヶ月くらい前かな」って答える。 「何したの? あたしが昨日したみたいなことしたの?」 昨日は男と出掛けたことにしてた。わたしってコレばっか。 「してないよ。もう3ヶ月してない。」 「ふうん。数えてるんだ。」 「数えてるっていうか、だって珍しいじゃん、このスケベ男が3ヶ月もしないって。」 「じゃあ3ヶ月前まではしょっちゅうしてたんだ。」 「しょっちゅうでもないけどさ。」 聞くほうも聞くほうだけど、あの人ったら嬉しそうにそんな風に答える。 なんだ。ちゃんと上手く行ってるんじゃん。「別れそう」とか言ってたくせに、仲良くやってんじゃん。上手く行ってんじゃん。よかった。安心した。 嘘。安心なんかしない。 昨日はあんなに心配したけど。 あんなに心配した。本気で心配したんだよ。 本気で、震えるくらい心配したのに。心配したのに。ほんとに心配だったのに。 自分のマヌケさ加減が可笑しくなって来て、笑いそうになる。 笑ったら、そのまま気が触れて死ぬまで笑い続けそうな気がした。 だから我慢した。必死で我慢した。 顔が、乾かすパックしてる時みたいに無表情になってくるのがわかった。 酵素のパック。白い酵素の粉にお水を少し混ぜて、こねて、顔に塗って、乾いたら洗い流すやつ。 夫が怖がるのがおもしろくて、バスルームからパックした顔出して「ねえねえ」って呼んだり、そうっと後ろから近づいてトントンって肩叩いて振り向かせたり、そんなことして遊んだ。アノヒトったら何回やっても「うわっ」とか「ギャッ」とか驚いちゃって、おもしろかった。色白で白塗りのお肌がすべすべしてて、「こっちの方が美人じゃん」ってわたしはすまして言ってた。 泣いたらね、せっかく乾きかけたパックがドロドロになっちゃうから。 パックなんかしてないのに、そう思って泣くのも我慢した。 能面みたいな顔のまま、こころが空っぽになって行く。 笑わないし、泣かない。 こういう顔の人、知ってる。 病院の患者さんにいっぱいいる。 血が通ってないような肌の色。何も語らない目。 笑えないで泣けないで、感情が無くなったみたいになった人たち。 どうしよう。恋しいよ。アノヒトが、別れた夫が、恋しい。 うんと昔のあの頃が恋しい。 わたし、幸せだった。 わたし、幸せだったのに。 -
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