手の焼ける患者さん - 2002年05月14日(火) ホームレスの、エイズの患者さん。 機嫌悪いし態度悪いし、すっごいふてくされてる。 食事バクバク食べてるくせに、「食欲ない」って怒るし。 可笑しいよ。 「無理して食べなくていいよ。食欲ないならサプルメント、オーダーするから」。 そう言って、ナースステーションから缶をふたつ持って行く。 そう言ったけど、ちゃんと食べてても、サプルメントが必要な疾患。 「バニラ味とチョコレート味。特別に2缶、オーダー通す前にあげちゃうよ」って渡したら、「チョコレート味なんか気持ち悪くて飲めるか」ってむくれる。 「こんなとこ早く出してくれ。今日は帰って地下鉄で寝るんだ」って、手首に付いてる患者さん用の ID 引っ千切る。すごいよ。プラスティックの輪っか、手で千切っちゃうなんて。それより、帰って地下鉄で寝るって・・・。 「だめだよ。今日はこのベッドで寝るの。」 「寝ない。」 「地下鉄よりここの方がいいじゃん。」 「よくない。」 「バニラ味2缶にするから、ハッピーになって。」 「ならない。」 可笑しくて吹き出しそうになる。 小児科病棟のやんちゃな子どもだって、もう少しおりこうさんだって。 っていうより、反応がイチイチ、あの人に拗ねてるわたしと一緒。 わたし、手の焼ける患者さんと一緒だ。 だからこういう患者さん得意なんだ。 ドクターもナースもみんな手こずってるけど、わたし平気。 天性だな、才能かな、とか思ってたけど、違う。 ただおんなじだから、わかっちゃうんだよ。 病院って、患者さんがほかじゃ見せられない自分の弱いとこ、全部さらけ出しちゃうところ。体も病気もそうだけど、弱い心も辛い気持ちも。もうみんなさらけ出しちゃったから、安心して甘えたくなったりするんだよね。 そう思ったら、なんでかものすごくあの人が愛おしくなって、たまらなく声が聞きたくなって、それだけで一日いつもよりエネルギーいっぱいだった。 何時に電話するんだったか、どっちがかけるんだったか、今日は電話の日なのかも忘れちゃったけど、かけた。 なんか、「いよいよ契約の日」らしくて、珍しくスーツ着てこれから出掛けるって言う。 「うそ。似合ってないでしょ。似合わないよー、絶対。」 「知らないだろ。僕が日本ースーツが似合う男って。ネクタイも日本一だし。裸にネクタイしてるとこ見たい?」 「しなくてもついてるじゃん。」 「下の方に?」 「うん。」 「そこまで長くないからなあ。」 『蝶ネクタイ!』 ハモった。 スーツ姿なんか想像出来ないって。 でも今日は記念の日だね。ほんとにいよいよ新しい自分の仕事、始まるんだね。 切ってから、すぐにかけ直す。 「言うの忘れた。おめでとう、社長。頑張るんだよ。」 あの人ったら、なんか神妙に「ありがと」なんて言っちゃって。 嬉しそうだった。社長なんかって勝手に呼んでるけど、わたし。 ごめんね。 拗ねて困らせてばっかで、手の焼ける患者さんみたいで。 悪いとこも弱いとこも醜いとこも、もうみんなさらけ出しちゃったからね、安心して甘えてるの。だからわたしが患者さんたち好きみたいに、あなたもわたしのこと好きでいて。 好きでいて。ね? もう、ちゃんと手伝うって決めたから。 ちょっとくらい頼れるお姉さんなところも見せてあげる。 頑張れ頑張れ、新しい仕事。 -
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