雨の匂い - 2002年05月17日(金) あのパンツを履いて行きたいと思い立ったら止まらなくなって、時間がないのに朝からアイロンをかける。紺地に細かい白のドットの、テロテロでダボンとしたすごい古いパンツ。かかとがぎりぎり隠れそうで隠れない中途半端な丈だから、いつも靴に困ってた。ふと、ベージュの華奢なサンダルに合うと思った。ストラップ無しだしヒールが高すぎて、仕事には無理だと思ってたけど、どうしてもあのパンツを合わせて履きたくなった。 エレベーターの中で、知らないドクターに「その靴いいね」って言われた。ミスター・ラザーが「そのパンツいいね」って言ってくれる。女同士ならよく洋服誉め合うけど、恋人でもない男の人に言われると、ちょっと不思議でなんか嬉しさが違う。 患者さんまで誉めてくれるから、パンツをひらひらさせてヒールをカツカツ鳴らして、気分よく仕事が出来る。よかったね、パンツ。これだから、古い洋服も捨てられない。 「それ、チャイニーズランドリー? いいねー。高かったでしょ?」。 お昼休みにジェニーが言う。 「アウトレットで25ドル。」 「うそ。ラッキーじゃん。」 横から年輩のクリスティーナが「チャイニーズの靴なの?」ってとんちんかんなこと言うから、ジェニーが説明してる。 今日も忙しかった。8時まで仕事した。 このあいだシティに履いて行ったときは、20ブロックも歩かないうちに足がジンジン痛くなったけど、今日は一日殆ど立ちっぱなしの歩きっぱなしでも平気だった。 慣れるってどういうことなんだろって考える。 ほんとは痛いのに神経があきらめちゃうの? 平気になるってそういうことなのかな。 帰ったら、保険会社から入院費の保険が下りた通知が来てた。ドクター費の分がまだだけど、入院費の2050ドルのうち、わたしは200ドル負担すればいいだけになった。 税金の返済も来た。国税と州税と市税合わせて2800ドルも返って来た。申請した金額より少し多かった。 これで最後の弁護士料が払える。弁護士さんから結果の通知はまだ来ないけど。 でもきっと大丈夫。わたしはラッキーガールだから。 メイリーンがいつもそう言う。 おととい、ものすごく久しぶりに電話をくれたときも言ってくれた。 「ひとつずつみんな上手く行くって。アンタはラッキーガールだから。今までやって来たこと考えてごらんよ。ね、最後には上手く行ってるでしょ?」。 そうだね。多分いろんなことがラッキーだった。 でもメイリーン、あの人のことは? いつかそのこともラッキーガールになれる? それとももうラッキーガール? あの人がいつもそこにいてくれること。 声が聞けること。 それは幸せなことだと思う。 痛みには全然慣れないけど。 いつか痛みに慣れるときが来る? わたしはラッキーガールだから? 「今日雨だよ。イヤだなあ、雨」。 電話の向こうであの人が言う。 電話を切ったら、雨の匂いがした。 -
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