カッコワルスギ - 2002年06月04日(火) アラームにセットしてあるラジオが鳴って、目が覚めた。 ドクターはそれを止めてわたしに微笑んだあと、バスローブをはおってひとりでシャワーに行った。前みたいに一緒に行こうって手を取ってくれなかった。わたしは借してくれてたTシャツを被って、ベッドに座る。ひとりお部屋に取り残されて、手持ちぶさたになった。ちょっと淋しかったけど、バカ平気じゃんって自分に言い聞かせる。元に戻ったんじゃないんだからさ。でも「ディグレイディッド」なんて言葉が浮かんだりした。 手持ちぶさたで時間を持て余した。ドクターはなかなか出て来なくて、もうわたしはシャワーいいや、って洋服を着ることにした。ブラは見つかったけど、パンティが見つからない。探してると、ドクターが戻って来た。 「何探してるの?」「パンティ」。ドクターは脱がしたらどこにやっちゃうかわかんない。いつかも、マットレスとスプリングの間に半分挟まってた。今度はどこにもない。わたしは部屋中パンティを探して、ドクターは着ていくパンツにアイロンをかけてた。 諦めてまたベッドに座る。ドクターは光沢のある明るいグレイのシャツを、カーキのコットンパンツに合わせて着た。それからパープルのネクタイを取り出して、「これ合う?」ってわたしに聞く。「合うよ、いいじゃん」って言ったら、「タイない方がいい?」って聞く。「ドレスコード、ネクタイ必須なの?」「やっぱした方がいいかな」「あたし好きだよ、そのタイ。合ってる」。似合ってる。 パリッとシャツを着て、タイを手早く綺麗に結んで、茶色いベルトを締めて、髪をジェルで無造作に仕上げて、ピカピカのあのドクターが出来上がった。やっぱりカッコイイと思った。おしゃれだと思った。目を細めて見上げる。顔がほころんでくる。「カッコイイね」って言ってあげる。 「用意出来た?」ってドクターが聞く。「パンティがないの。パンティ履かずに外歩くなんて、あたしの人生で一度だってないよ」「人生で? そりゃ嘘だよ」「ないって。あなたはあるの?」「あるある。洗濯間に合わないとき。さ、行くよ?」。 パンティ履いてないのに。それより、抱きしめて欲しいなと思った。でも言えなかった。もう半分の恋人でもステディじゃないガールフレンドでもなんでもないし、シャワー浴びてないのに触れるとピカピカのドクターが汚れちゃうって思った。 一階まで降りたら、ドクターは「僕はランドリー取りに行くから」って、ランドリールームに続く廊下の端っこで立ち止まった。「見つけたら電話するよ」。パンティのことだった。前みたいに腕を引き寄せてキスもしてくれなかった。「気をつけて運転しなよ」も言ってくれなかった。ちょっとだけ混乱して顔を見てたら、「見つけたらちゃんと返すって」って笑った。 「うん、じゃあね、バイ」。微笑んで、ひとりでロビーに出た。ロビーからひとりで玄関を出た。外から、通り側にあるランドリールームにちらっとドクターが見えた。 車のところまで歩く間、パンティ履いてない下半身と一緒に、胸もスースーしてた。だけど車を走らせたら、もうオカシナ感傷は消えていた。あの日ボロボロになりながら走ったあの高速を、今塗り潰しながら運転してるんだ。なんてちょっと思ってみたりもしたけど、そんなバカげたシリアスネスも風に飛んで行った。 パンティ捨てちゃってよ、なんても思わないし、郵便で送ってね、とも思わない。 会って抱き合うなんてよくないからもうよそう、そんなことも思わない。 でも絶対返してよ。お気に入りなんだから。取りに行くから、また会おうね。 ヤリたくなったらヤッちゃえばいいじゃん。わたしもヤリたくなってあげる。 ドクター、かっこよすぎ。何にも縛られないで、自由。自由に生きてる。 free to live. free to need. free to go. free to come? free to love. free to lead. free to own. free to junk. 真似したいよ。見習いたいよ。 今朝はあの人の電話で起こされた。ほとんど眠ったまんまで、何話したんだかあんまり覚えてない。 「あさって日本に帰るんだ。帰ったらすぐ電話するね」ってあの人が言って、 わたしは「明日は?」って甘えた。 切るときに「じゃあね」ってあの人が言って、 わたしは名前を3回呼んでから、「ここまで来て」って半分眠ったまま泣いた。 あの人を愛してる。 あの人から自由になれない。 あの人がいなくなったら、もっと自由になれない。 わたし、カッコワルスギ。 -
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