敵わない - 2002年07月18日(木) 月曜日だっけ。 窓辺でいつものようにたばこ吸ってたら、アパートに帰って来た人が「Hi」って声かけてきた。「Hi」って言い合うくらいよくあるけど、その人とはなんとなくそのままおしゃべりしてた。引っ越すって言ったらその人も今月いっぱいでこのアパート引っ越すらしくて、そんな話を他愛なくしてた。車の音に声を消されてよく聞こえなくて、「降りてくる?」ってその人が言った。ちょっとしてから降りて行こうとしてドアを開けたら、その人がドアの前に立っていた。 段ボール箱に埋もれたダイニングテーブルでおしゃべりして、「ここはバルコニーがないからベッドルームが広いんだよ」ってベッドルームを見せてあげようとしたら、「入っていいの?」ってその人が言う。そういうところがジェニーの言うわたしの危なっかしいとこなんだろうけど、誰でもベッドルームに入れるってわけじゃない。なぜかその人には平気だった。「ほんと広いなあ」ってその人はただそう言った。そして、わたしの引っ越しを手伝ってくれるって言った。 飲みに誘われて、次の日に出掛けた。 その人はミドルイーストから9月に来たばっかりで、なのにこの辺のことをわたしよりずっとよく知ってた。車で20分くらい走ったところにあるそのバーは、古い図書館をデザインしたお店で、2階まで吹き抜けになった造りのその壁は天井までびっしりとお酒の瓶で埋まってた。アーキテクトのその人はそのお店のデザインが好きだって言ってた。 クーラーの効いたバーでちょっと寒いなって思いながら、わたしは初めてドクターとデートした時のことを思い出してた。あの時みたいにあの人への罪悪感みたいなのはなかったけど、あの時みたいにものすごく楽しくもなかった。その人のためにじゃなくて自分のために、うんと楽しいふりをしてた。 「飲みに行くんだ」って前の晩に話したら、「心配だよ」ってあの人は言った。 「あたしに幸せになって欲しくないの?」 「幸せになって欲しいよ。」 「だったら幸せにしてよ。あたし、引っ越したらあなたのこと忘れて幸せに暮らしたいの。」 思いっきりジョークっぽく言ったけど、あの人は「泣きそうになる」って言った。 昨日は帰って来てから、新しいアパートに荷物を一緒に運んでくれた。 アパートのことを「どう?」って聞いたら、素敵なとこだって言ってくれた。思ってたより広いし、天井のヘリコプターのプロペラみたいなファンがいいって言ってくれた。大家さんもいい人だし、いい家だって言ってくれた。 「バスルームも見てくれた?」って聞いたら、「見たよ。ブルーだった」って言った。 自分で見に行ったら、タイルの薄いブルーに合わせてブルーのバスマットとトイレのふたのカバーを大家さんがつけてくれてて、笑っちゃった。バスルームは前よりブルーになってた。 アパートの外に出ると、あの橋のライトが綺麗だった。 「素敵なとこだと思う?」 「うん、思うよ。でもパーキングが心配だよ。」 「大丈夫だよ。どこも空いてなかったらお家のガレージの門の前に停めていいって大家さんが言ったもん。」 誰かに新しいアパートを見てもらって、素敵なとこだねって言ってもらえたのが嬉しかった。なんとなくうきうきして、よかったって思った。だから、キスされて背伸びして抱きついた。 「あなたの身長当ててあげる。5フィート11インチでしょ。」 「センチメーターじゃなきゃわからない。」 「180センチ。」 「当たってる。正確には181だけどね。」 ほらね、ドクターと同じくらいだと思ったもん。だけどほかはドクターには敵わない。ドクターとおんなじに音楽に詳しくて、わたしの知らない音楽をたくさん教えてくれるけど、カーステレオにかかった歌と一緒に口ずさむその人はいつもキーが外れてる。あの人になんか、とてもじゃないけど敵わない。あの人は背なんかちっとも高くないけど、ドクターだってあの人には敵わない。そしてわたしは、あの人の彼女に敵わない。 -
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