天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

ナターシャの靴 - 2004年11月14日(日)

ぽってりとあったかいオレンジの満月も好きだけど、カリカリにとがった氷のような薄い三日月も好き。

教会が終わってジェニーとお昼ごはんを食べて、ひとりで前のアパートのある街までドライブした帰りの道はもう暗かった。昼間は抜けるような晴天で、日が落ちたあとの群青色の空に浮かんだお月さまを見ながらそう思ってた。高速を降りる頃には三日月はオレンジ色に変わってた。

月はいったい何回満ち欠けを繰り返し続けて来たんだろ。果てしなく限りなく遠い遠いその年月の中で、わたしが生きてる時間なんてまばたきほどに短くて、そんなまばたきほどの時間をもがきながら生きている。バカだな、人間って。って思う。


昨日、デイビッドとケンカした。ずっと穏やかな日が続いてたのに。ベテランズ・デーのお休みの木曜日にはまたハイキングに連れてってくれて、金曜日はデイビッドんちから仕事に行ってそのまま昨日ケンカするまで素敵に過ごしたのに。「出てけ」って怒鳴られて帰って来た。

教会は魔法の国だ。パスターのお話もゴスペルもお祈りもマジックだ。「昨日とうとうやっちゃったんだ」。ランチの間そう言って話を聞いてもらったあとのジェニーの言葉は、ジーザスのメッセージだった。わたしはすっかり心が落ち着いてた。


前のアパートのある街でナターシャの靴を買った。コンクリートの上を歩くのが辛そうで、前からデイビッドが「靴を履かせてやりたいよ」って半分ジョークで言ってたけど、いつも行くペットフードのお店でほんとに犬用の靴をわたしは見つけた。

オレンジ色に変わる三日月を見ながら、早く仲直りしてナターシャの靴を持ってってあげようって思ってた。


うちに帰るとメールが来てた。「hope you are feeling better」のタイトルのあと、ナターシャが歩けないって。「夜電話するよ。『もう電話しないで』ってきみは言ったけど」。そのあとそう書いてあった。そんなこと言ったのか、わたし。苦笑した。

夜、電話が鳴る。ナターシャは後ろ足が利かなくて立ち上がることすら出来ないらしい。爪を切ってもいつもみたいに痛がりも嫌がりもしないで、神経が麻痺してしまったみたいらしい。どんなに癌がすすんでも食欲だけは失くさなかったのに、今日は大好きなバナナさえ食べようとしないらしい。そう言えば、わたしが作ったごはんを、いつもならぺろっと平らげるのに昨日の朝は半分しか食べなかった。それでも、歩くたびに何度も何度も転びながら、支えてやると立ち上がって歩き出したのに。

ふたりでたくさんたくさんナターシャのことを話した。デイビッドの声は始終とても低くて頼りなげで、デイビッドは、もしもこの一週間ナターシャがもうハッピーじゃなくなったら来週の週末にはロードアイランでドに連れて行くって言った。それは、ナターシャの大好きなロードアイランドのおうちに獣医さんを呼んでそこで眠りにつかせる一本の注射を打ってもらうことを意味してた。痛みも悲しみもない幸せな幸せな天国に行かせてやるために。癌を診断されたときからデイビッドがいつも考えてたことだった。

「ごめんよ、昨日くだらないことでケンカしたこと」。デイビッドはそう言った。「あたしもごめんなさい」「僕のほうこそ、ほんとにごめん」「ねえ、今日あたしが何買ったか知ってる?」「何?」「ナターシャの靴」「売ってたの? そんなのほんとに。どこで?」。わたしはチェーンのペットフードのそのお店の名まえを言って、どういう靴なのか聞くデイビッドに素材とかデザインとか説明した。

歩けなくなったナターシャに、歩けなくなったことを知らずに買ったナターシャの靴。「悲しいね」ってデイビッドは言った。「でももしかしたら役に立つかもしれない。歩けるようになるかもしれない」。そのあと少し笑いながらそうも言った。

それがそんな魔法の靴じゃなくっても、2、3日経てばよろよろ自分で立ち上がって歩けるようになって、またたくさん食べるようになって、ハッピーなナターシャに戻って欲しい。いつか来ると覚悟してきた最期の日。それがほんのそこまでやって来てるなんて信じたくない。「あたしも行く。ロードアイランド」。そう言ったら「オーケー」ってデイビッドは答えたけど、イヤだ。来週末なんて、絶対イヤだ。

ナターシャのお芝居だったらいい。わたしたちを仲直りさせるための。
そして赤い靴を履いたナターシャが危なげだけど嬉しそうにに歩きながら、振り向いてわたしにウィンクするんだ。




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