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2001年05月17日(木) 父がガンで死んだ時(5)1月:最後の正月

父が家に帰って来て数日・・・、
私達は父に対してかなり気を使っていました。

父にはガンである事を知らせていない為、私達は
父と喋る時、うっかり病気の事を喋らないように
いつも気を使って喋らなければ、ならなかったか
らです。

実際父が電話で仕事先の知人等に自分が腸閉塞で
入院していることや年明け手術するかもしれない
がすぐ退院出来るらしい等と言っているのを何度
か聞いたのですがその度に私の心は嘘をついて父
に申し訳ない気持ちで一杯になりました。

1999年12月31日
大晦日はあっという間にやって来ました。
姉夫婦も埼玉から来て家族全員が久しぶりに
実家にそろいました。
しかし、家族が全員そっろったからといって特別な事は
何一つありませんでした。
みんなでご飯を食べ、年末の特別番組や紅白を見たり
して過ごしました。

唯一、去年の年末と違っていたのは、この年は姉が
ビデオカメラを持ってきており、みんなの様子を
長時間カメラに納めていました。
姉は一生懸命、私達の家族の様子をビデオに
撮っていました。

今でもこのビデオは「2000年正月」のタイトルで
ビデオ棚の片隅に当時の私達や父の様子を残しつつ
眠っています。

その出来事以外は本当に特別な事もなく
平凡な大晦日でした。

しかし、私にとってはその平凡が何よりも幸せでした。
平凡な事、何事もない事が幸せだと感じたのは
この時が初めてでした。

2000年1月1日
朝、私が起きると他のみんなはもう既に起きていました。
私が居間に行くと、ちょうど父は姉の子供にお年玉を
あげていました。

姉には1歳半になる子供がいるのですが、父にとっては
初孫という事もあり、とても可愛がっていました。
目の中に入れても痛くない。
そんな表現がぴったりな程、父は孫に対して愛情を
もって接していました。

「ジィ〜ジ、あいがろ〜!」

姉の息子は姉に促され覚えたての言葉で父に
お礼を言っていました。
その孫の様子を見て父はとても、とても
嬉しそうに笑っていました。

その後、昼頃に父が私に買って来てほしい物があると
新聞の折込広告を見せました。
そのチラシはディスカウントショップの正月セール
の広告でした。
父の指は本日限り¥1000と書かれたカメラの三脚
を指していました。

「ちょっと三脚買って来てくれよ。今日、新春セールで
 安くってさぁ・・・。
 見てみろよ!このカメラなんかも安いぞ!一眼レフカメラ
 が4万じゃ普通買えないぞ」
などと父は三脚の隣のカメラを指差しました。

父は昔からガーデニングが趣味で草花の写真を
撮るのがとても好きでした。
しかし、ちゃんとしたまともなカメラを一つも
持っていませんでした。

私はカメラにはまったく興味がなく、4万円のカメラが
高いか安いかについてまったくわかりませんでしたが、
父の欲しそうにしている表情を見ていたら、どうしても
買ってあげたくなりました。

「いいよ!買って来てあげるよ」

私は父に内緒で三脚と一緒にこっそりカメラも買って
あげる事にしました。

当時の私にとって4万円というお金は実際の所、
安い金額ではありませんでした。
今後の治療費の事も考えると少しでもお金を貯めときたい
気持ちもありましたが、それよりも父の喜ぶ顔が見たい
気持ちの方が上回りました。

そして実は1月1日は父の誕生日なのです。
この日が、ちょうど父の57回目の誕生日でした。
今まで父にまともな誕生日プレゼントなんてをあげた
事などなかった私は初めて父にプレゼントをあげる事
にしたのです。

早速私は、カメラと三脚を購入し父に渡しました。
すると父は不思議そうにカメラの入った箱を
見て言いました。

「これ、どうした?」

私は父に対する初めてのプレゼンに照れてしまい
何と言っていいかわからず、

「安かったから買ってきた。今日、誕生日でしょ?
 それあげる」
などと、ぶっきらぼうな言い方をしてしまいました。

父の方も何か照れがあるらしく「ふ〜ん・・・」等と
言いながら別に喜ぶ様子も見せずにカメラを取り出し
眺めていました。

その後、私は照れ隠しに
「まぁ俺も前からちゃんとしたカメラ欲しかったし
 一緒に使わせてもらおうと思うから買ったんだけどね・・・」
などと、笑いながら一言付け加えておきました。

父からは、ありがとうの一言はありませんでしたが
熱心にカメラの説明書を読む父の姿を見て私はとても
満足していました。

結局私の買ったカメラを父が使う機会は訪れる
事がありませんでした。
しかし私は父にカメラをプレゼントした事を
今でも心から良かったと思っています。

2000年1月1日。
この日に買ったカメラが私にとっての最初で最後の
父への誕生日プレゼントになってしまいました。


パンチョ |MAIL

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