一橋的雑記所

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2005年11月06日(日)

愛しくて、切なくて。
触れる指先さえ、震えて止まらない。
痛いのは、望まれる形と望む形の違い。
この子の笑顔の為には、決して踏み越えられない。
境界線の存在。

生徒会室の扉を開いた途端に、目に飛び込んでくる。
開きっぱなしのノートパソコンを前に、頬杖を付いて。
年齢相応の、幼さを顔一杯に湛えて眠るその横顔。
音を立てないようにそっと手を添え、扉を閉める。

「……なつき」

近づいて、小さくその名を呼んでみる。
余程疲れているのか、そっと肩に触れても目を覚ましそうにない。
今、この学園で、何が起こっているのか。
この子の身に、何が起ころうとしているのか。
知っていて、知らない振りを続けているのは。
ただ、この子の傍に居る事の出来る自分を守る為だと。
とうに、分っている。
この子の為ですらない、この想い。

「知れたら、この子、どない思うやろか……」

顔に浮ぶ笑みの冷たさを、自覚しながら。
幼い寝顔を晒すこの子の背中の温もりに、触れるか触れないかの距離から。
そっと、その髪をひと房、この手に掬う。
夕映えに輝く漆黒の髪。
その綺麗な手触りを愛惜しみながら、この指からさらさらと零す。

「なつき……」

抱き締めたくて、でも出来なくて。
そのつかの間の安息を、妨げたくなくて。
そっと、自らの利き手を、他方の腕で押さえつける。

「……かなんなあ……」

苦笑混じりに呟いて、そっとこの子から離れる。
開け放しの窓辺、夕陽を湛えて翻るカーテンに手を添えて。
その冷たい感触に、掌に集まった熱を逃がす。

――玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする

いつまで続くのだろうか。
この、戦いの日々は。

深く目を閉じて、胸の奥、みじろぐ不穏な気配をそっと閉じ込め。
肩越しに振り返る先に在る筈の、稚いあの子の寝顔を。
振り切るように、視線を投げた先には。
窓の外、不吉な程眩く輝く穏かな海の、照り返し。

――守ってみせます。

たとえ何を犠牲にしても。
あの子の心からの笑顔を見る、その日までは。


― 了 ―


一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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