一橋的雑記所
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綺麗な夢のその果てに(改訂版)その1. ※060609.
温む空気に冷たい気配がかなり入り混じり始めている事に気付いて、胸の中の落ち着かなさに気付く機会も増えた。 再開された学校生活。でも普段通りになるにはまだまだ障害も多く、何より、自分が頻繁に出入りしていた場所ほど、祭の被害は甚大で。
「また、さぼり?」
聞き覚えのある明るく真っ直ぐな声が、周囲の人の流れに逆らう方向へと歩いていた背中に飛んで来る。 ただ軽く右手を上げてやり過ごそうとしたけれども。
「あんた、普段が普段だったから、やばいって」
気配に気付いて振り返るのと同時に、腕を取られる。
「い、いいんだ。どうせ自習だろう?教師もまだ揃ってないんだし」 「自習でも一応、課題出てるし出席も取るのよ」
文句言わないの、と人の腕を勝手にぐいぐいと引っ張るお節介な奴。 祭の前の一時、鳴りを潜めていたその強引な姿は。まるでその間に挟まっていた凄絶な時間を切り取って過去を現在にあっさりと繋ぎ合わせてしまったようなさり気なさに満ちていて。 多分、私の心はこいつに、随分と救われている。 でも。
「……ちょっと、用があるから」
邪険にならないように気をつけながら、足を止め、その手を振り払う。 それでも、ちょっと吃驚したように彼女は目を見開いた。
「何?……まさかあんたまた危ないこと考えていたり」 「しないしない」 「……だよねぇ」
一瞬だけ真剣になった眼差しが緩むのへ、苦笑を返す。
「まあ……無理強いしても仕方ないか。ああでも、明日はちゃんと出るのよ?」 「分かった分かった」
面倒見が良いのにも程がある。 けれどもそこが、こいつの良い所でもあるから、否定はしない。 離した右手を、行ってらっしゃい、と振って、彼女はあっさりと背を向けた。その潔さが、ちょっと居心地良くて、面映かった。
――友だち、か……。
思わず胸の中に落とした呟きが、意外な重さを伴っていて。 私は、溜息を一つ、零していた。
綺麗な夢のその果てに・1 情報屋のヤマダが最後にサービスしてくれたバイクは結局、大して乗り回せない間に大破してしまったから、今の私には自分の足しかない。 住んでいた街中のマンションも引き払う羽目になった事だし、面倒だとは思いつつ、学生寮に入る事にした。 学園敷地内にあるその建物までは、徒歩にしてそう距離は無い。 一応就業時間内だから、あまり堂々としているのもどうかと思い、多少遠回りではあっても人目を避けるには好都合な校舎脇の植え込み沿いだとか、プールの裏の小路だとかを選んで歩く。 本当は、勿論、用なんてなかった。 ただ、今の自分にはまだ、校舎や教室の中に、居場所を見つけ難いだけ。 全校生徒の大半が戻ってきていないという理由で僅か1クラスに集められた高等部の生徒たちの中には、見知った顔が案外多かった。とはいえ、そこが、自分が帰るべくして帰ってきた場所だとはなかなか思えない。
――馬鹿だな、私は。
祭が終って、全てが終った。今まで自分が追い掛けてきたもの、全てを失う形で。 思い返せば、何て狭い場所で、何て無様な姿で独り、足掻いていた事だろう。 私を突き動かしていた復讐心もその為の行動も全て、その復讐相手の手の上での戯れ事でしかなかったのかも知れない、と。最終的に思い至った時には、自らを笑う気力すらなくしそうだった。 決して一枚板では無かった『一番地』。 そのどの部分が私を囲い、泳がせ、躍らせていたのかは今となっては分からない。 迫水辺りを突いた所で、決して彼は口を割りはするまい。 結局、奴を含めた関係者に手の内の全てを見抜かれた上で踊らされる事でしか、あの頃の私には生きる術が無かったのだろう。 私を、HiMEとして生き長らえさせる為に、だったとしても、そのお陰で今の自分が無事ここに存在している。その事実は、もはや、否定出来ない。だから、その事自体を恥じたり悔やんだりするのは無駄な事でしかない。そう結論付けるまでにいつまでも時間を費やすのも馬鹿馬鹿しい。そう割り切ることは出来たけれども。 こうして長らえた後の居心地の悪さに落ち着くには、まだまだ、時が必要そうで。
――……あいつは。
そんな事を思いわずらう内に、ふと思い浮かんでしまう顔が、あって。
――あいつは、それを、どこまで知っていたのだろう。
それだけが、心の何処かにずっと、引っ掛かり続けていた。 けれども、本人に確かめようにも、生徒会の引継ぎやら受験やらで相当忙しいらしくこの所は、寮ですらその姿を見かけない。 心配を掛けまいとしてか、定期的にメールを寄越してくれはするけれども、実際に顔を合わせて話したのは、数日前、それも消灯前の僅かな時間、偶々出くわした時が最後だった。
――……会いたいな。
本当は。 会って、ちゃんと確かめたかった。 あいつが、どこまで気付いていたのか。 そして、聞いて欲しいと思う。 その事であいつを責める気が私には全く、無い事を。
――……って。何を考えているのだろうな、私は。
何かから気持ちを逸らすような感触を胸の中に覚えて、軽く、首を左右してまた始まった物思いを振り払う。 プール裏の道は今のところ、手入れの必要性が低いと見なされているのか、敷石の隙間から逞しく延びる雑草が目立つほどに荒れている。油断すると、詮無い思考に捕らわれ始める私の注意を、時々、引く。 だから、今はただ、足場の悪い小路を歩く事に専念しようとして。それで。 いつもなら、とっくに気付いている筈の気配に気付くのがほんの一瞬、遅れた。
「……なつき?」
耳元に届いた声が、思いのほか近くて。 反射的に後ずさるようにして振り返った、その視線の先に。 さっきまで、私の頭の中を占めていたのと全く同じ、穏やかな笑みを湛えた彼女の顔があった。
「し、静留……!」 「嫌やわぁ、そんな、幽霊にでも会うたような顔せんでも」
口元に手を添えて、笑顔を深くしてみせる。 そんな彼女のちょっとした仕草に、どうしようもない後悔が押寄せてくるのを覚える。
「や、ち、違うんだっ。ちょっと、考え事をしていて、それで……」 「吃驚しただけ、どすか?」 「……う、うん……」
下手に回した気なんか、お見通しなのだろう。あっさりと言葉を補うと、彼女は口元の手を下ろし、それにしても久し振りやなあと、しみじみと呟いてみせた。
「あんじょう、学校行ってはります? 見たトコ、今日はサボりみたいやけど」 「あ…うん、いや、今日はちょっと……用があって」 「大事な出席日数、犠牲にせなあかんような、大事な御用?」
そらたいへんやなあと、くすくす笑う。
「そやったら、引き止めて悪かったんと違います? 堪忍な」 「いや……」
彼女の笑顔に、せめて苦笑いだけでも返せたら良かったのに。 私ときたら、視線を落としたまま、言葉を探しあぐねている。
「……もう、用は済んだから」 「そう?」
落とした視線をゆっくりと上げた私は、彼女が私服姿である事にやっと気付いた。
「今日は、お部屋探しやったんよ」
いつも通り、私の意図を先回りして彼女は答えた。
「大学の寮は条件が相当厳しそうやったし、入れるかどうか最後まで分からしませんよってに。もう普通のお部屋でええか思て」 「部屋……って。 もう、大学決まったのか?」 「ああ、そうどすなあ。なつきには、知らせ損のぉてたわ」
県外も幾つか受ける事は受けたけれども結局、風華に新設された大学に進む事にしたのだと、彼女は続けた。
「実家からも文句言われんで済むし。中途半端な大学通う位なら地元で進学せえ、言われて敵んし」
成程、彼女の実家は関西でも有数の大学街を擁する都市にある。
「……帰らなくても、良かったのか?」
つい、口をついて出た問いに、また思わず視線を落とす。 彼女は気にした風もなく、小さく笑い声を立てた。
「そやね。いずれは戻って来い、言う話になるんやろけど。学生の内くらいは、親元離れて自由に過ごしてたかて、罰は中りません。なつきかて、そう思わへん?」 「そうか……そうだな」
今度は、上手く笑えたかもしれない。
「そらそうと。御用の済んだなつきは今日はもう、寮に帰るだけどすか?」 「ああ……うん」 「ほな、一緒に行きましょか」
淡い色の長いスカートの裾をさばくような足取りで、彼女は私に背を向け、先に歩き始めた。 いつからだったろう。 彼女が、決して私の横を歩かなくなったのは。 後ろを行く事もまた、なくて。必ず、少し前を歩いて私には、背中越しの横顔しか見せない。 それはまた同時に。私の顔をまともにみない位置を必ずとる、という事で。 こ祭の後、二人の間に彼女が勝手に定めた、ルールの一つだということに私は、気付かない振りを続けている。
「そや。今日は晩御飯、どないしはりますのん? 鴇羽さんらと一緒?」 「いや。特には、決めていない」 「なら、久し振りにうちがご馳走しましょか?」
月杜まで出掛けてたから色々と食材を買い込めたし良かったら、と穏やかな声音で彼女は続けた。 多分ここで私が否と言っても、決して傷ついた顔を見せたりはしないのだろう。 そう思わせる、静かな、けれども、どこか遠い声。
「……うん。頼む」
答えた私の声は、我ながら。どうにも頼りなく、小さかったけれども。 彼女は振り返らなかった。 ただ、嫌やわ頼むやなんて水臭いわぁ…と。当たり前のような声音を、背中越しに返すだけだった。
久し振りに足を踏み入れたその部屋は、いつも以上に綺麗に片付いているように見えた。 記憶の中にあった細々としたものが無くなっていて、そうか、彼女はもう直ぐ此処を出て行くのだっけと、当たり前の事を私に、改めて見せ付けているようだった。
「直ぐ支度するさかいね」
そう言いながらキッチンの方へ向かった彼女の背中を見送ると、私はソファに腰を下ろした。 ビデオセットすら既に梱包済みなのかテレビ台の上段は開いている。けれども何故か、いつも私がこんな風に時間を潰す時に使っていたゲーム機と数本のシューティングゲームのソフトだけが、いつもどおりきちんと下段に収まっている。
「静留、これ……」
思わず振り返って呼び掛けた私に、冷蔵庫の扉を開けながら彼女が笑顔を返す。
「そうそう。それなあ、良かったら、なつきに貰ってもらお、思てるんよ。うちひとりやと滅多に使いませんよってに」
何の含みも持たせない声音が却って胸に差し込んできて。 私は慌てて、テレビの方に向き直った。
「……邪魔になるっていうのなら、貰ってやる」
思わず返した言葉が、思いの他自分の胸に突き刺さって、息が止まる。
「嫌やわあ……邪魔になるやなんてまで、思てませんけど」
私の勝手な物思いを、分かっているのか、分かっていないのか。 キッチンを行き来しながらそう返してきた彼女の横顔は、とてもとても、静かな笑顔だった。 液晶の画面を行きかう色彩や、耳を刺激する爆音や電子音に出来る限り意識を集中していたお陰だろう。 できましたえ、と彼女が声を掛けてくれたその時まで、私の思考は完全に停止していた。 攻略途中のゲームをあっさり諦めコントローラを放り出した途端に、御飯の炊ける匂いや醤油や出汁や…そんな食欲をそそる匂いが一気に鼻腔をくすぐって、思わず胃の辺りに手をやってしまう。
「ほら、ちゃーんと、手、洗ぅてきてからどすえ?」 「……分かってる」
ぶっきらぼうに答えながらゲーム機とモニターの電源を落とし洗面に向かった。 手を洗うついでに、目元も水で冷やすようにして洗う。 こめかみから目の奥に掛けて重いような疲労感。それを剥がし落とすように、随分と冷く感じられるようになった水道水で、何度も何度も洗う。 気が済むまでやってから手にしたハンドタオルは、いつも通り清潔な日向の匂いがした。 学園内で姿を見かけなかった間も彼女は、几帳面なその日常生活を崩す事は無かったのか。ぼんやりとそんなことを考えてみた。
いつもの事だけれども、彼女に食事をご馳走になる度に、食卓を埋める料理の内容には圧倒される。 同級の友人も面倒見が良くて料理が得意だから、そのルームメイト共々、時折夕食の世話になってはいる。けれども友人が用意するメニューは多分に食欲旺盛なルームメイト仕様の為か、比較的シンプルかつボリューム優先のもので。しばらくそんな、ファミレスのディナーメニュー的な献立に慣れていた私は、彼女の並べた久々の、まさに家庭料理と呼び得るそれにちょっと見入ってしまった。 以前、なんでこんなにきちんとした食事を用意出来るのかと思い切って尋ねて、実家に居た頃から自分が早くに亡くした母親の代わりに台所に立っていたから、とさらりと答えられてちょっと反応に困った事があった。 言ってしまってから彼女も、しまったと思ったのだろう。料理は、得手不得手のあるもんやしと、さりげなく言葉を継いで笑ってくれた。 そんな事をぼんやりと思い出して私の目の前に、そっと、御飯がよそわれた茶碗が置かれる。
「何や、お疲れみたいやねぇ」
笑い含みでそういって、彼女は私の真向かいの席に着く。
「食欲、あらへんとか?」 「いや、そんなことは無い」
言って、両手を合わせてから箸を手に取った。
空腹に突き動かされて暫く料理に集中していた意識と視線が、落ち着いた頃にふと、彼女の視線や気配に逸れた。 その瞬間、この胸の中に、訊きたかった事や話したかった事が溢れてくるのが分かった。 あの頃の彼女の真意を確かめたい。 けれども、そんな、じりじりと焦るような気持ちとはまた別な所で、彼女を過度に意識しないではいられない部分もその中にはあって、何か大切なことから目を逸らしたまま、解決方法を探っているような、収まりの悪さを覚えるのも事実で。 それをどうやって彼女に伝えたものか、伝えて良いものか。 折角こうして、久し振りに二人、向き合う機会を得たというのに。 何だか、自分がどうしようもない迷路に自らはまろうとしているみたいに思えて、手とったものを強く握り締めようとして。
「なつき、そんなんにまでマヨネーズ掛けたら、あかんえ」
笑い含みの声に制されて、黒豆やら蒟蒻やら筍やらを上品に炊き込んだ小鉢の上に差しかけていた、チューブを握る手を緩める。
「うちの味付け、そんなに愛想なかったん?」 「ち、違…! ちょっと、その……ぼんやりして」
拗ねたような声と表情はいつもの冗談だと分かっていても、反射的に、慌てて否定の声を上げてしまうと、彼女は楽しそうに笑い声を上げた。
「そっちのサラダには好きなだけ掛けたらよろしいよ?」 「わ、分かってる……!」
水菜やら刺身のツマ並に細切りされた大根や人参やらが盛られた皿に、腹いせのように遠慮なく、マヨネーズを絞り出す。
「なつき、舞衣さんの作ってくれる料理にも、盛大マヨ掛けてはるねんてな」
更に楽しそうに続ける言葉に、思わず顔を上げる。 彼女は、穏やかに目を細めて私を見ている。
「なつきに会うちょっと前に会うて、久し振りにお話しさせてもろたんよ」
何でもない事のように続けて彼女は、味噌茶碗を手にしてそっと啜った。
「ええお友だちやね。うち、安心したわ」 「……何でそんな事で」
安心するのだと言い掛けて、口を噤み、箸の先でサラダをかき回す。 理由なんて本当は、良く分かっている。 ただ、時間に急かされてじりじりとする気持ちや、祭りの前には無かった、彼女との間に生まれた距離への意識を、わざとの様に思い出させる彼女の言葉がどこか、悔しくて。
「堪忍な」
突然に零された言葉に顔を上げ、なぜ謝る、と返し掛けてまた、飲み込んだ。 それは、とても聞き慣れた彼女の言葉だったけれども。その顔に浮かぶのはいつもいつでも、自分に向けられていた穏やかな笑顔だったけれども。 その裏側に存在していたものを知ってしまった今となっては、それらがどれだけ、彼女の本当の心から遠いものか分かる、そんな気がしたから。
「……おまえは、いつも、そればかりだ」
つい、零してしまった言葉に。 彼女の手が、動きを止めた。
思わず零した言葉に、彼女の動きが止まる。 けれどもそれは本当に、一瞬の事で。 多分、少し前の自分だったら気付けなかった。 そんな、僅かな瞬間の出来事で。 あれから。 彼女が、二人の間に何か別のルールを置き始めた頃から。 何故だろう。 それまでは見えなかった、彼女の心の動きが。 見え始めている、そんな気がする。 それとは逆に、彼女には。 それまで見えていた、私の心の動きが。 見えなくなってはいないのかと。 どこかでそんな気が、し始めていた。 何故そんな言葉を漏らしてしまったのか自分でも分からず、手元の茶碗に視線を落としてしまう寸前。 ほんの一瞬だけ動作も表情も止めてしまった彼女が、もの問いたげな、それでも何の気もなさそうな風にして、小首を傾げたのが見て取れた。
「ふふ……うち、そんなにいつも謝ってばかりどすか?」
そう軽く返す事で、彼女はいつも、私の心が揺らぐのを防いできたのだと、今なら、私にも分かるから。 もういい、と。 もういいんだ、そんな事をしなくても、と。 言いたくても言えない言葉を、野菜サラダごと、嚥下する。
「ああ、また……。お野菜はちゃんと噛んで頂かなあきまへんえ」 「……分かってるっ」
彼女が何かを誤魔化そうとしたように、私も、何かを誤魔化そうとしていた。 でも。 そんな些細な事に突っかかるよりも、もっと。 もっと、話したい事が、確かめたい事が、あった筈だった。 今日一日、いや、逢えないでいた何日かの間中。一人になって、これまでのこと、これからのことを考えながら、彼女に聞いておきたい事、確かめたい事をずっと、考えてきていた筈だった。 彼女の事を想いながら、考えていた事が。 苛立ち半分に、慌しく一通り食べ終えた私が箸を置いたと同時に、彼女はそっと、席を立った。
「お茶、淹れましょな。それともなつきは、コーヒーの方がええ?」 「私は、どっちでもいい」
ぶっきらぼうに言い放つと。 ならお茶にしましょ、と笑い含みの声が返ってくる。 それだって、いつも通りの日常で。だのに、何故か、何処か、遠くて。
「静留……っ」
呼びかけた声は我ながら思いのほか鋭くて、ゆったりと振り返った彼女の瞳の奥に、刹那の緊張を走らたのが分かった。
「どしたん? えらい勢い込んで」
それでも、何事も無かったように微笑むから、私はまたもや、彼女から目を逸らしてしまう。
「……私は、お前に……」 「うちに……?」
緩く小首を傾げた後、続く言葉を待つように佇む彼女の姿が。視界の端で小さくぶれる。 私は。 お前に。 確かめたい事が。 知っておきたい事が、本当は。 本当は。
「……なら、お茶しながら伺いましょか?」
張り詰めた空気を吹き払うように、笑い含みの言葉が彼女の口から零れる。 その事に、救われたような、苛立たしいような。もやもやとした気持ちが胸の奥に渦巻いたけれども。 私も、軽く息を吐いて肩から力を抜く事にした。
「……ああ」 「あ、食器はそのまま置いといてくれはったらええよ」
言って、彼女は、背中を向ける。 言葉の軽快さとは裏腹にその背中はまるで、何かを拒絶するかのように堅牢で、近寄り難い頑なさを漂わせているように見えた。 いや。それさえも、もしかしたら、私の勝手な思い込みなのかもしれない。 彼女の姿をそう見せているのはもしかしたら、私自身の心のありようなのかもしれない。 その時、私は初めて。 本当は、彼女の心を、気持ちを。 その中に秘められた想いの全てを、ただ知りたいだけなのかもしれないと、気付き始めていた。
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