一橋的雑記所

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2005年12月12日(月) もう、何が何やら。※実は20060521.0522.に若干手直し。

徒然に。
思いつくままに、断片。





少し遠くまで足を延ばした割には。
これといって成果も何も得られなかったから。
何となく燻るような、じりじりとした気持ちを抱えていた。
まだ陽も高いし、直に帰宅するのも何だか癪な気がして。
海沿いの道を駆け上り、学園の方へと進路を変えた。
今なら、まだ、あいつも残っているかもしれない。
この春から足繁く出入りするようになった、生徒会室で。
居残っている筈の生徒会長の姿をぼんやりと。
脳裏に思い浮かべてみた。



夏の匂い



いつもの繁みに、愛車を隠す。
この時間帯なら人目も適当にかわせるだろうと踏んで。
ライダースーツのまま、歩き出す。
やや湿り気を帯びた風が頬や髪に纏わり付いて少しうっとおしい。
飛ばしている間は気に為らなかった熱気がスーツの中から上がって来て。
歩を進めながら、前のジッパーをやや下げる。
元より、校内に長居する気は無かった。
生徒会室を覗いて、あいつが居れば端末を借りて。
次の行動に向けての情報を収集する。
居なければ、そのまま帰ってもいい。
遠くから響いてくる、部活生たちのものらしい歓声に。
軽く鼻を鳴らしながら、校舎の裏口へと回った。

生徒会室の窓や扉からだけ、廊下に明かりが漏れている。
思わずほっと息を吐く。
それでも少し用心しながらそっと扉に手を掛け中を伺う。
見慣れた淡い色のジャケットと、柔らかな癖のある髪が見える。
他に人影がない事をちらりと確認して、引き戸を開くと。
あいつがおっとりと此方を振り返った。

「なつき」

何が楽しいのか。
いつ見てもあいつは、笑顔だ。

「……少し、邪魔する」
「相変わらずいきなりやねえ。……元気にしてはった?」

元気も何も。
二、三日前にもこの場所で逢ったばかりだと言うのに。
何と返したものか思いつけないまま歩み寄ると。
あいつはそっと、席を立った。

「これ、使いはるん?」
「ああ、借りる」
「なら、お茶でも淹れましょか」
「別に……」
「まあ、そう言わんと」

流れるような動作で席を譲られ。
居心地の悪いような、そうでもないような気分で身体を入れ換えた途端だった。

「――静留……っ!!!」
「ライダースーツ姿のなつきも、ええもんやねぇ〜」

語尾にからかうような色を滲ませた声が、耳の近くで響く。
背中に覆い被さるのは、あいつの体。

「やめろ、暑い!」
「そうどすか? 今日はそないに暑ない思うけど」
「私がだ!私が暑いんだっ!」

右肩と左の腰を抱き込む腕を押しやりながら、喚く。

「確かにこの格好、見た目からして暑そうやねぇ……」
「良いから!離せっ!」

そう力を入れているようにも思えないのに。
あいつの腕を振り解くのは結構、難しい。
素人の、しかも女の子を相手に護身術を応用する訳にも行かなくて。
暑苦しいあいつの体温を意識しながらも、身動きが取れないでいたら。

「……あら、なつき」

怪訝そうな声が、うなじの近くに息を吹き込んできた。

「な、なんだっ!」

くすぐったさに怒声を上げると、背中を覆っていた体温が不意に消える。

「これ、虫刺されどすか?」
「なに……?」
「それとも、汗疹やろか……」

待っとくれやす、と続けた声が、遠ざかる。
軽くなった背中越しに振り向けば。
あいつの、給湯室へと急ぐ後姿が見えた。

「……なんなんだ、一体……」

憮然と見送った後、頭を一振りする。
額に滲む汗を、手の甲で拭った。
あいつは。
初めて会った時からやたらとべたべたしてくるし。
こっちの都合などお構いなしな言動ばかり取る、変な奴ではあったけれども。
生徒会室を利用させて貰うようになってからは、更に。
人の事を構ったり触ったりを頻繁にしたがるようになった気がする。

――春からこっち、更に取り巻き連中が増えたからな……。

大方、余り顔を合わせない昼休み辺りに。
下級生ども相手に散々悪ふざけを繰り返しているのだろう。
こういうのも多分、その延長程度の事で。

――……傍迷惑な趣味だな、全く。

うんざりした心地で胸の中に吐き捨てると、ノートPCの方へ向き直る。
これまでにも何度と無く利用したので指がすっかり覚えてしまった、
あいつのIDとパスワードを入力し、特待生名簿にアクセスする。
例年だと一定の人数に設定されている特待生枠だが。
新年度に入ってからその枠が増設されている。
にも関わらず現時点で認定を受けているのは、進級生ばかり。

――新しい「HiME」が、来るということか……。

昨年度の担任だった、組織のエージェントが時折示唆する情報と。
このデータの状況とを照らし合わせれば。
その時は、そう遠くはなさそうだった。

――ならば……どうやって、それを……。

「おまちどうさん」

驚く程耳元近くで声がして。
寸での所で叫びそうになった言葉を危うく飲み込む。

「ば、馬鹿……脅かすな……っ」
「あら、堪忍な」

振り返ると、相変わらずな笑顔であいつが何かを差し出していた。

「な……んだ、これは」
「天花粉。見たことあらへんの?」
「天花……なんで、そんなもの」
「ほら、なつきのここ」

ひょいと、あいつの手先が首筋に延びて来て、思わず身を竦ませる。

「な、何だっ!?」
「せやから……ここに、発疹があるんよ。かゆないん?」

言われて、ばっと首元に手を当てる。
撫でた首筋に触れた指先が確かに、微かな違和感を感じ取る。

「か、痒くなんか、ないっ」
「そうどすか? えらい赤ぉおすけど」

言いながら、手にした小さな丸い容器の蓋を取る。

「これ、普通の天花粉と違て、ちょっとひんやりして気持ち良えんよ。
 良かったらつけたげよ、思て」

穏やかに目を細め、緩く小首を傾げる。
何だっていつもそんな風に楽しそうにしているのだろう、こいつは。
そう思うと、無性に腹立たしいような、苛立つような。
でも、何処かで何か、安心するような。
誰に対しても抱えた事のないややこしい気持ちが沸き立つから。
慌てて、目を逸らした。

「別に、そんなものは……」
「あきません、たかが汗疹や思て油断して、
折角の綺麗なうなじに痕でも残す事になったらどないするん」
「き……っ! い、いちいち、恥ずかしい事、言うな……っ!」
「恥ずかして」

ふふ、と笑い声を上げたあいつは勝手に手を延ばし。
「ちょぉ失礼」などと言って人の襟首を引っ張るようにして広げた。

「な…っ!」
「大丈夫。直ぐ済みますさかいに」

宥めるような声音に言いようの無い反発を覚える。
けれども、天花粉の容器を一旦机の上に置いて。
取り出したハンカチで先ず、首筋を撫でるように拭おうとする手を。
どうしても、払い退ける事は出来なくて。

「ちょっとだけ、大人ししといてな」
「……っ! か、勝手にしろ……っ!」

叫んで視線を逸らした先、開けっ放しの窓辺に。
夕陽を集めて茜色に染まり出したカーテンが揺れている。
眩しくて目を細めた時、ひんやりとした感触が首筋に触れた。

「……こそばゆい?」
「う……す、少し、な……」
「堪忍、も少し我慢してな」

冷たいというよりも涼しいものが首筋をゆっくりと辿る。
それと同時に仄かに漂ってきた何かの匂いが。
鼻の奥と同時に、記憶の中にまでするりと入り込んで来た。
それが何だったのかを探るよりも早く。
脳裏に響き渡ったのは、懐かしい、遠い、声。


『なつきちゃんは、汗、気持ち悪くないの?』

笑い含みの穏やかな声。
髪をまとめ上げて振り返る笑顔。
まだ湯気の立ち上る身体に優しくタオルを巻き付けて来る腕。

『ほら、汗拭いて。痕、残っちゃうでしょ』

窓越しに夏の長い夕暮れ。
翻るカーテン。
そして、くすぐったいような、懐かしい。

『ほら、なつきちゃんも、夏の匂いつけとこうね』

懐かしい、匂い。


「……どないしはったん?」

気遣わしげな声に、はっと我に返る。

「なっ、何でもない…っ」

あいつを心配させる程長い間、自失していたのだろうか。
大きく声を上げてしまってから、間近に覗き込んでいるあいつの目が。
これまで見たことも無いほど真剣な色を湛えているのに気付いて。
何だか、落ち着かない気持ちになった。

「いや、ちょっと、その、ぼんやりしてただけ、だから……」
「……そう?」

珍しく、ほんの一瞬躊躇するように唇を止めた後。
あいつは、表情を緩める。

「ならええんどすけど……今日も、お疲れやねんね」

言って、さ、終りましたえ、と軽く肩を叩いてきた時には。
いつもの笑顔に戻っていて、思わずほっとする。

「どないどす?気持ち良ぉ、なりました?」
「う、うん……まあまあだ、な……」

正直に言えば、汗ばんでいた首筋が良い具合にすうすうして。
物凄く気持ち良い。

「ほな、これはなつきに」

肩越し、そっと差し出された小さな容器が。
ノートPCの脇にこつんと音を立てて置かれた。

「……って、これはおまえのじゃ……」
「ふふ…こんな事もあるか思うて、買いだめしといたんどす」

せやからこれはなつきの分。
そう言って、あいつはそっと、身体を引く。

「さ、今度こそお茶、淹れて来ますわ」
「……静留」

行きかけたあいつを、思わず呼び止めていた。
何?と穏やかに振り返ったあいつの表情は。
やっぱり、いつも通り、何処か楽しげで。

「……あ、……」

言いかけた言葉が行き場をなくして、のどに絡む。
久し振りに、まともにあわせてしまった目を。
逸らすに逸らせないで、じりじりとした気持ちのまま、息を飲む。
けれど、こっちがどれだけ焦ろうがもどかしかろうが、お構いなしに。
あいつの表情は変わらず、穏やかで。
余計に、何をどう言葉にするつもりだったのか。
胸の中にこみ上げた気持ちがどんなものだったのか。
それすら、分からなくなって。
ただ、睨むように見つめ続けた視線の先で。
あいつは、突然、何だかとても嬉しそうに、微笑んだ。

「天花粉、って、なんや、夏の匂いどすなあ」
「……え?」
「まだ梅雨も来てへんのにね」

そうして、そっと窓の方へ目を向ける。

「なつきも、懐かしとか、思てたんと違います?」

見透かされてた、と、思った。
瞬間。
頬に朱が走るのが分かって。

「べ、別に……!」

反射的に叫んで目を逸らす。

「そぉどすか?」

くすくすと、楽しげな笑い声を一頻り立てた後。

「どういたしまして」

囁くような声で呟いたあいつに驚いて。
振り返った時には既に背中を向けて。
あいつは再び、給湯室へ姿を消してしまっていた。

「……な……何なん、だ……あいつは……」

見透かされるのにも、程がある。
腹立たしいよりも、自分が情けないような。
呆れるような馬鹿馬鹿しいような気分になって。
机に拠り掛かるようにして、脱力するしかなかった。


その後は、いつものように。
仕事に励むあいつのとなりで調べ物をざっと一通り済ませ。
あいつの淹れてくれたお茶を飲んだ後、二人して。
かなり暗くなってきた外の空を仰ぎながら窓を閉め。
カーテンを引き切って生徒会室を後にした。
その間は、これまたいつものように。
会話らしい会話は何も無かったけれども、今日に限って。
それが何だか拍子抜けするような、ありがたいような。
居心地の良いような悪いような気分が行ったり来たりを繰り返して。
どうにも、集中し辛かった。

「雨、降りそうやね。くれぐれも、気をつけて帰りよし?」
「ああ……」

薄暗い廊下を一緒に歩きながら軽く頷き返すと、あいつの足が止まる。

「……どうした?」
「え?……ううん、なんやろ」

呟きながら、あいつは頬に軽く手を当てて見せた。

「なつきが、いつにのう素直やわ、思たら、嬉しなってしもて」
「……!!」
「あ、ひょっとして、もの貰うたから言うて、気ぃつこてくれてはんのかしらとか」
「静留……っ!」

そのあんまりな物言いに本気で叫び声を上げたら。
あいつは、愉快そうに笑い声を立てた。

「ふふふ。ほんま、かなんなあ……。なつき、かいらし過ぎやから」
「な……っ!」
「うち、もうちょっと一緒に居りたいなあて、思てしまいます」
「……私は先に帰るぞっ!!」

こうなったら、あいつのペースに乗せられた方が負けだ。
そう思い切り、さっさと足を早めて先に出口を目指す。

「ああ、なつき」

慌てた風も無い、いつもどおり飄々とした声が、背中に届く。

「気ぃつけて帰りよし。また、明日」

――また、明日。

正直、明日がどうなるかも。
こうしてまた、逢えるかどうかも、分からないのに。
そして、何が楽しいのだか。
嬉しそうな声と笑顔で簡単に、あいつが。
約束めいた言葉を口にするから。

――巻き込んではいけない。

ぎゅっと、胸の前で、拳を作る。
忘れかけていた気持ちが、引き戻される。
自分が何の為に、何をする為にここに居るのかを、思い出す。

あんな風に、幸せに。
当たり前の生活を送っている者を。
あいつらは、自分たちの目的の為には平気で、踏みにじる。
既に奪われた笑顔は取り戻せはしないけれど。
これ以上、やつらに奪われ続けるようなことだけは。
それだけは、絶対に。

でも。

非常口の扉の前まで辿り着いて、思わず振り返る。
あいつは、いつものように。
ほの暗い廊下の真ん中で、静かに佇んでいた。
見えなくなるまで見送ろうとするかのように。
多分、いつものように、そうやって。

「……………っ!」

その姿を、視線を振り切るように、勢いをつけて鉄扉を開く。
途端に頭上に広がった。
今にも泣き出しそうな雲を湛えた夕暮れの空を睨みつけて。

私は、全力で、駆け出していた。








オチが付かないまま、終る(何)。
何かになりそうな、そうでもなさそうな。
所要時間、二時間ちょっと。
んでもって、どうにも静留さんの台詞が上手く行かなくて。
ちょこちょこと、手直ししまくりだったり(何々)。

追加の手直し。
色々いぢってみました。
一応これで、エンドマーク。


一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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