一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
リハビリ的に、やってみるコース(何)。
閉じた瞼の裏側に映るあの色は。 酷く赤くて仄暗くそれでいて熱くて。 逸らしたくても逸らせない視野の中一杯に。 いつか溢れて全てを塗り潰してしまいそうで。 目覚めてからも暫くは。 夜明けの光の中、目にするもの全ての中に。 その残像を幻視する程だった。
1月。 生徒会役員の改選が行なわれ。 対立候補に大差を付けて会長職に当選した後は。 細々とした引継ぎに追われて月の終わりを迎えた。 地域柄、出身地程の厳しさを感じない寒さはそれでも。 昨日よりも今日の方が身に染みる感じで。 自分用に新調された生徒会長用のジャケットの。 まだ着慣らされていない襟や袖口の硬さが。 余計に冷気を呼び込んで自然、背筋が伸びる。 寒い時ほど、身を縮めず凛と立ち振る舞う事。 記憶の中に僅かに残る母がいつだったか。 病床からその手を伸ばして、この背に触れて。 そんな事を繰り返した事があったなあと。 ふとに思い出した自分に、知らず微笑む。
「――それでは、執行部長は珠州城遥さんにお願いするということで」
思わず零れた笑みはタイミング良く。 副会長職に収まった隣席の少年の宣言に重なり。 指名された少女が起立し張り切って始めた演説に向けたものへと。 自然にすり替えることが出来た。
早い落日が高台に在る校舎の窓辺を遠くから照らし海へと向かう。 そんな様を見るとも無く見やりながら、廊下を行く。
「それにしても、」
生徒会室からずっと、当然のように隣を歩く副会長が。 さり気なく口火を切った。
「意外だったな。藤乃さんが立候補するなんて」
あら、とその端正な横顔を眺め上げる。
「それはうちの台詞や思いますけど」 「そうかい?」
自分と、全校女子生徒の人気を二分すると評される彼は。 これまた自分と同じく、これまではおよそ。 人望の割には権力志向とは無縁と思われていた生徒だった。 周囲に推されてクラス委員や部活の要職に立つ事はあっても。 自発的に、このような地位を求めた事がないと言う点に於いても。 似たもの同士な空気を何処かで互いに抱き合っていた。 そんな人物でもある。
「神崎さんほどの方が、敢えて立候補しはるのどしたらきっと、 会長職を選びはるんやないか、そう思てましたし」 「なるほど」
彼は、口元に人好きのする笑みを刷いた。
「それは考えないでも無かったんだけれどもね。 生憎、先を越されてしまったから」 「先……?」
ああ、と微笑んでゆるく視線を送ってくる。 黒々と底の知れない瞳に湛えられるのは、優しげな光。
「珠州城さんが去年末からずっと、張り切ってたからね。 その上、藤乃さんまで立候補したとなると、僕には分が悪すぎた」 「そらまた、ご謙遜やね」
やんわりと笑ってその視線を受け流す。
「まあでも、お陰で副会長職は信任投票。 僕自身は何の波乱も無く現職に収まれたのだから有難い」 「神崎さんも、受験対策どすか?」
逸らされた話題を、微妙に軌道修正しつつ戻す。 おや、と不思議そうに彼は目を細めた。
「藤乃さんは、そんなつもりで?」 「ええ。まあ、色んな方が推してくれはった、いうのもありますけど。 うちは一応、年内に受験終わらすんを希望してますさかいに。 皆さんのお役に立てて、ついでにそんな余禄も頂けるんやったらまあ、 引き受けてもええかなあ、言うつもりで」 「ははは……珠州城さんが聞いたら卒倒しそうな動機だね」
窓辺から差込む夕焼けに背を向け、二人して階段を下りる。 途中、何人かの生徒と行き会って、黄色い声や上ずった挨拶に答えつつ、 昇降口に辿り着いた。
「後は、そやね……長い事うちに居場所を与えてくれた、 この学園に対する恩返し、位のもんどすけど」
クラスが違う為、靴箱が並び立つ前で一旦足を止め、言葉を繋ぐ。
「神崎さんも、同じような事、考えてはったんなら面白おすなぁて」 「そうだね……僕も、ま、そんな所かな」
曖昧な言葉とは裏腹に、生真面目そうな笑みで答えた彼が。 そのまま、廊下の突き当たり。 中等部の校舎へと続く渡り廊下への出口を振り返る。 つられるようにして流した視線のその先で。 重い鉄扉がゆっくりと開く。
どきりとした。
海から流れてくる冷えた風を背に受けて。 大きく羽根を広げた鳥がそこから――。
それは一瞬の、幻覚。 実際には、夜の闇のように黒々とした艶を湛えた長い髪が。 冬の強風に煽られて持ち主と共に押し開かれた鉄扉の向こうから。 飛び込んできたのだった。
思いの他大きな音を立てて、扉が閉じ。 滑り込んできたあの子がぎょっとして、足を竦ませる。
続きます(えー)。
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