一橋的雑記所

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2006年01月04日(水)

リハビリ的に、やってみるコース(何)。





閉じた瞼の裏側に映るあの色は。
酷く赤くて仄暗くそれでいて熱くて。
逸らしたくても逸らせない視野の中一杯に。
いつか溢れて全てを塗り潰してしまいそうで。
目覚めてからも暫くは。
夜明けの光の中、目にするもの全ての中に。
その残像を幻視する程だった。







1月。
生徒会役員の改選が行なわれ。
対立候補に大差を付けて会長職に当選した後は。
細々とした引継ぎに追われて月の終わりを迎えた。
地域柄、出身地程の厳しさを感じない寒さはそれでも。
昨日よりも今日の方が身に染みる感じで。
自分用に新調された生徒会長用のジャケットの。
まだ着慣らされていない襟や袖口の硬さが。
余計に冷気を呼び込んで自然、背筋が伸びる。
寒い時ほど、身を縮めず凛と立ち振る舞う事。
記憶の中に僅かに残る母がいつだったか。
病床からその手を伸ばして、この背に触れて。
そんな事を繰り返した事があったなあと。
ふとに思い出した自分に、知らず微笑む。

「――それでは、執行部長は珠州城遥さんにお願いするということで」

思わず零れた笑みはタイミング良く。
副会長職に収まった隣席の少年の宣言に重なり。
指名された少女が起立し張り切って始めた演説に向けたものへと。
自然にすり替えることが出来た。


早い落日が高台に在る校舎の窓辺を遠くから照らし海へと向かう。
そんな様を見るとも無く見やりながら、廊下を行く。

「それにしても、」

生徒会室からずっと、当然のように隣を歩く副会長が。
さり気なく口火を切った。

「意外だったな。藤乃さんが立候補するなんて」

あら、とその端正な横顔を眺め上げる。

「それはうちの台詞や思いますけど」
「そうかい?」

自分と、全校女子生徒の人気を二分すると評される彼は。
これまた自分と同じく、これまではおよそ。
人望の割には権力志向とは無縁と思われていた生徒だった。
周囲に推されてクラス委員や部活の要職に立つ事はあっても。
自発的に、このような地位を求めた事がないと言う点に於いても。
似たもの同士な空気を何処かで互いに抱き合っていた。
そんな人物でもある。

「神崎さんほどの方が、敢えて立候補しはるのどしたらきっと、
会長職を選びはるんやないか、そう思てましたし」
「なるほど」

彼は、口元に人好きのする笑みを刷いた。

「それは考えないでも無かったんだけれどもね。
生憎、先を越されてしまったから」
「先……?」

ああ、と微笑んでゆるく視線を送ってくる。
黒々と底の知れない瞳に湛えられるのは、優しげな光。

「珠州城さんが去年末からずっと、張り切ってたからね。
その上、藤乃さんまで立候補したとなると、僕には分が悪すぎた」
「そらまた、ご謙遜やね」

やんわりと笑ってその視線を受け流す。

「まあでも、お陰で副会長職は信任投票。
僕自身は何の波乱も無く現職に収まれたのだから有難い」
「神崎さんも、受験対策どすか?」

逸らされた話題を、微妙に軌道修正しつつ戻す。
おや、と不思議そうに彼は目を細めた。

「藤乃さんは、そんなつもりで?」
「ええ。まあ、色んな方が推してくれはった、いうのもありますけど。
うちは一応、年内に受験終わらすんを希望してますさかいに。
皆さんのお役に立てて、ついでにそんな余禄も頂けるんやったらまあ、
引き受けてもええかなあ、言うつもりで」
「ははは……珠州城さんが聞いたら卒倒しそうな動機だね」

窓辺から差込む夕焼けに背を向け、二人して階段を下りる。
途中、何人かの生徒と行き会って、黄色い声や上ずった挨拶に答えつつ、
昇降口に辿り着いた。

「後は、そやね……長い事うちに居場所を与えてくれた、
この学園に対する恩返し、位のもんどすけど」

クラスが違う為、靴箱が並び立つ前で一旦足を止め、言葉を繋ぐ。

「神崎さんも、同じような事、考えてはったんなら面白おすなぁて」
「そうだね……僕も、ま、そんな所かな」

曖昧な言葉とは裏腹に、生真面目そうな笑みで答えた彼が。
そのまま、廊下の突き当たり。
中等部の校舎へと続く渡り廊下への出口を振り返る。
つられるようにして流した視線のその先で。
重い鉄扉がゆっくりと開く。

どきりとした。

海から流れてくる冷えた風を背に受けて。
大きく羽根を広げた鳥がそこから――。

それは一瞬の、幻覚。
実際には、夜の闇のように黒々とした艶を湛えた長い髪が。
冬の強風に煽られて持ち主と共に押し開かれた鉄扉の向こうから。
飛び込んできたのだった。

思いの他大きな音を立てて、扉が閉じ。
滑り込んできたあの子がぎょっとして、足を竦ませる。





続きます(えー)。


一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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