一橋的雑記所
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2006年01月13日(金) |
回り道。※ホントは061215. |
何になるのかまだ分からないので。 どうか、軽くスルーの方向で一つ(平伏)。
本サイトWeb拍手に軽く加筆訂正などして移動済みです。 レッツ、間違い探s(蹴倒
夕暮れ時、帰路についた子猫たちを見送って。 そのまま帰るつもりだった足取りの。 その向かう先をふと変えたのは。 多分、この心はまだ全てを。 切り捨てる事が、出来ていなかったから。
回り道
耳元を通り過ぎる風が、冷たく小さな音を立てている。 何かの音楽を連想させるそれを打ち消すように、出鱈目な鼻歌を響かせてみる。それがどうしてもマリアさまの心になってしまうのは、ご愛嬌というものだろう。
暮れなずむ中、校舎をぐるりと迂回してまでこの心が向かおうとしている場所は何処だろう。
ある意味無責任なまでに他人事めいた連想が、そのまま頭の中をぐるぐると回り始める。けれどもやっぱり、それらに痛む想いはこの胸の中には見当たらない。 脳裏を行過ぎるのは、古い温室、図書館、木立を抜けた先にある、小さな陽だまり。 忘れてはいけない面影を、少しずつ失い始めたそれらを次々と思い浮かべる内に、棚卸、なんて、今の気分に似つかわしいような、そうでも無いような言葉が不意に浮かんできて、思わず苦笑したその時。
「随分と楽しそうね」
木立を抜けるレンガ敷きの小道の途中、綺麗な立ち姿の彼女が佇んでいるのにやっと、気付く。
「そう見える?」 「ええ」
瞬時に走った動揺が何処まで面に現れたか分らないまま言葉を返すと、彼女はにこりともせずに頷いたから、殊更に軽薄な笑みを浮かべて見せる。
「可愛い子猫ちゃんたちと楽しいひと時を過ごさせて頂きましたから。そりゃご機嫌にもなろうというもので」 「祥子が聞いたら激怒しそうな発言ね」
彼女は、小揺るぎもしない端麗な無表情で応えてくれる。 随分と変わった、と思う。 二人、どうしようもない程距離を掴みかね、感情的なやりとりばかりを繰り返していた。あの頃から季節はやっと、一回り目を迎えたばかりだというのに。穏かに向き合う彼女の首に巻かれたマフラーさえ、あの日と同じ色をしているというのに。 吹きすさぶ寒風が二人の間をさらりと吹き抜けた、ほんの一瞬。 寒空の下、寒さに頬を赤くしてあの場所に佇んでいた彼女の、今にも泣きそうな顔をそこに幻視して。 思わず竦めた肩の先。 不意に。
「……何?」
驚いたのは、自分だけでは無かった。 きょとん、と擬音を当てはめたくなる位、見事に目を見開いた彼女の顔が、酷く間近にあった。
「……何でもないわ」
肩先に触れた後、速やかに引き下がっていった指先は。 制服越しだというのに、分るほど。 そして、あの日と同じに、確かに、冷たかった。
――……大丈夫、なんて言っても聞きやしないんだろうな。
口中小さく零した声は、再三吹き抜けた寒風にすら触れさせないまま飲み下す。
「何でもって……白髪でも見つけた?」
殊更におどけた声で風に逆らうと、彼女の形の良い眉が軽く引き絞られる。
「随分寒そうなのに、マフラーもしていないんだから。ちょっと、呆れただけよ」
言って、首に巻いたそれを解き、するり、とこちらの首筋に巻きつける。 きびきびとした、でも、優しい動きを見せるその手が指が、酷く気になって目が離せない。 お陰で、俯き加減の彼女の頬に浮んだ表情には、最後まで気付けなかった。
「……雪でも降るのかな」 「何でよ」 「蓉子が優しい」 「……失礼ね」
面を上げ、きっぱりと言い放つと彼女は、いつもと同じ真っ直ぐな背中を此方に向ける。
「私はいつでも優しいわよ?」
仄かに笑みを含んだ声に、はいはい、と惚けた声を投げ返す。肩越し、彼女の零す柔らかなため息が聞こえた気がした。
「遠回りして帰るには今日は寒いわ。せいぜい、風邪を引かないよう気をつける事ね、白薔薇さま」 「有難いお言葉、肝に銘じましてよ、紅薔薇さま」
いつからか視線をあわせない時にしか、優しい顔を見せなくなった。そんな彼女の背中を見送りながら、咽喉元を暖める柔らかい毛糸の中に、顎を埋める。さっきまでこの胸を、心を駆り立てていた何かが、そこに残る微かな温もりや香りに勢いを削がれ、ゆっくりと動きを止める。
こんなものか、と、自らを笑いながら。
いつの間にか辺りを覆い始めた夕暮れ色の中、随分と遠くなった彼女の背中を追うように、私は、歩き出した。
―― 了 ――
そろそろ、マフラー無いと寒いですよね、と言ふ事で一つ(何)。
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