あの人が、だんだん遠くなって行く気がする。 …最近思い出すあの人は、いつも背中を向けていて、 ほんの少しだけ顔をこちらに向けながらも、目は他を見つめていて、
眼鏡越しに、こちらを見ない。あの人の目が細くて。
いつだったか、眼鏡を取った顔が見たいと言って断わられた。 …あの日は、眼鏡をつけた顔を、見る事が出来なかった。
今は、そのどちらも、見ることも出来なくて。 柔らかい髪が、根本から湿るのを、この指で触れることも出来ない。 やっぱり。こんなにも会えないなら、死んでいるのと同じ。
多分、私がこうして話すのを止めたとき、私の中のあの人は死ぬんでしょ? 今も、生きてはいないけれど。
本当は、遊び仲間の彼女としてなんかじゃなくて、ただ普通に出逢いたかった。 だけど、そうでなければ出逢う術などなくて。 きっと、世の中のどうでも良い人として、すれ違って居たのでしょう。
ほんの一瞬、目が合ったのを、本当に上手にそらす人。 とても賢い人。…とても冷たく優しい人。
だけど本当に、芯から冷たい。…だから、好きになった。 私のことを、決して好きになどならない人を。
頭の中で。…口をぱくぱくしながら私に何か言ってくれるけれど、 耳がもう聞こえないの。…眼鏡越しに、何かを見ているけれど、 その目が細すぎて、あの人が何を見ているのかも想像出来ない。 ただ、こちらを見ないのが解るだけで。ただ、遠くなる。
歩いていってしまう。
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