想
目次|過去|未来
2003年02月28日(金) |
「誰か、相談に乗ってくれないか? |
スーツの下に着るシャツがないんだ。」
僕は いつから光に魅かれなくなった?
「類は友を呼ぶ」というけれど、
呼び寄せた「友」のどこまでが自分と同じで、
どこからが自分と違うのか、判断できるのは結局自分しかいない。
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身近にないものほど近くに感じられてしまうのがとてもつらい。
いつもいつもいつもいつもないものねだり。
2003年02月26日(水) |
それが直接の原因ではないけれど |
見たくなかったものを見てしまった。これほど見なければよかったなんて思ったのはいつ以来だろう。
気が狂うかと思ったよ。
2003年02月18日(火) |
「ここにおいでよ!」みたいな感じのファミレスより |
能はあるのに隠す爪がない。
そもそも、爪がない。
ので、隠しているだけなのか、本当にないのか、よくわからない。
2003年02月17日(月) |
これ、下書きは縦書き。なんとなく。 |
以下、言葉を砕けたものにしただけのつもりなのに、
読み直したら若返ったような文章になっていた。
普段も、考えてることは中高生の頃と変わってないってことか。
微妙にショック。
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安穏と生活していると脳まで怠惰になる気がする、というのはただの言い訳に過ぎないんだと思う。だって、今の僕は本当に、安穏と過ごしていきたいと願ってるんだから。そのためには、「安穏」に責任を押し付けてウダウダしてちゃいけないんだ。
それでもさっきみたいに、時々、「安穏」は僕にとって恵まれた環境じゃないのかも、と思ってしまう。それは、たまたま僕の求める脳のはたらきが、含みのある言葉を生み出すってことだからなんだ、多分。
ちょっと自分を(ついでに他人様を)刺激するような言葉を探してる。探してるのは、欲してるから。そういう意味で、自分の欲しいものは結構はっきりしてるのになぁ。今の人生では、欲しいものはそう易々と手に入らないみたいだ。・・・これも、やっぱり「人生」に責任転嫁してるだけなんだろうけど。人生そのものや、人生を作ってるはずの僕に対してじゃなく、「人生」っていう言葉そのものに、責任を預けてるだけ。それじゃあ、どこまで言ってもだめなんだよね。
こんなこと、ずっと前から知ってるはずなのに、僕は実践できなくて困ってる。いつもそうだ。結局、僕の考えは、机上の空論、砂上の楼閣なんだ。
いま辞書引いたら、「座上(さじょう)の空論」ってのが出てた。意味は、机上の空論と同じだって。面白い。