
『戦後日本(第5巻)占領と戦後改革 過去の清算 』
著者:尹 健次 (ユン コォンチャ)
出版社:岩波書店
サイズ:全集・双書/275p
発行年月:2005年09月
一 「帝国臣民」から「日本国民」へより
「明治政府はその成立か早々から版籍奉還・廃藩置県などで、天皇と皇族を除く封建的身分制の解体を推し進め、旧支配身分相互間にあった支配・被支配の関係を消滅させて、全人民の天皇への臣従という新たな体制づくりをはじめた。封建領主制は廃止され、公家と領主は
華族、諸士は士族、農工商穢多非人はすべて平民とされ、身分制の人別帳にかわって住居主義の戸籍制度が導入された。・・・一八八四年(明治一七)の華族令によって、社会的な特権身分として存在していた華族が政治的特権を回復したのみならず、維新の功臣も爵位の授与によって
華族に列せられる道が開かれた。この華族は「皇室の藩屏」とされ、天皇家・皇族の婚姻対象、通婚範囲として重きをなしたが、同時に来るべき議会開設に際して
貴族院議員として勅任され、華族世襲財産法によって経済的特権も保証される天皇制国家と一体の貴族身分であった。」(P24)
四 日本敗戦と「国民」概念の再構成より
「なお『草案要綱』の段階では、『華族ノ地位ハ現存ノ者ノ生存中ニ限リ之ヲ認ムル』と条件つきで華族制度の廃止が謳われていたが、これはその全廃を求める
部落解放運動等の要望もあり、『改正草案』作成の段階で削除され、華族その他貴族の身分は廃絶された。
ただ
GHQは、『沖縄独立論』は別にして、『アイヌ独立論(自治論)』や部落解放運動に一定の理解は示していたが、その認識は必ずしも十分なものではなく、憲法改正の過程でもアイヌや被差別部落について何ら特別な明文規定はなされなかった。」(P47)
「ここで人権問題とも関連して、一般に全国六〇〇〇部落、三〇〇万人とも言われた被差別部落について述べるなら、日本政府は一九四六年三月の次官通達で、それまで細々と続けてきた同和事業の打ち切りを宣言している。
その根拠には、差別問題は政府や国民の課題であるというよりは、むしろ部落の側に差別の原因があり、解放運動の差別糾弾闘争がかえって差別意識の拡散要因になっているとする認識があるが、それは憲法に規定された基本的人権の思想を広めていけば差別は無くなっていくとする論理の倒錯であった。
そうした日本政府の認識は、一九五一年にGHQをつうじて国連に提出された『日本のマイノリティ』というレポートにもそのまま反映されていた。
つまり
このレポートは、一九四八年の国連世界人権宣言の採択と関連して、国連事務総長が各国政府にたいして各国の差別状況についての報告を求めたことにたいする回答であり、このとき日本の部落問題がはじめて国連に伝えられることになった。
しかし、日本政府はこの時も、部落民は少数民族と言われるような意味でのマイノリティではなく、同じ国民のなかの問題であると断りながら、やはり同じように部落の側にこそ問題があるとの立場を強調した。
しかも日本では、アイヌや在日朝鮮人は日本人と同様に扱われてきて何の問題もあり得ず、日本居はマイノリティへの差別問題は存在しないというのが、国連にたいする報告の骨子であった。
けれども、実際には、アイヌが明治以来の北海道旧土人法その他で過酷な同化政策にさらされ、固有の文化・言語まで根こそぎ奪われる民族的マイノリティとして存在していることは疑いようのない事実であり、米軍政下にあった沖縄人ともども、厳しい被差別的状況を強いられていたことは否定しようもない。
むしろ部落差別や民族差別の存在を否定する日本政府の姿勢こそ大きな問題であり、それが社会的差別の事態改善を大幅に遅らせていくことになった。」(P55)