桃缶な日々
2004年08月05日(木)  Day After
明日は広島に原爆が投下された日です。

私は身内に原爆の被害にあった人間がいないのですが、どうしてもこの8月6日になると思い出す人がいるのです。

前職で、私は老人ホームの寮母という仕事をしていました。
実際にはデイサービス(通所介護)の仕事をしていたのですが、そこに通ってくる人で、どうしても職員や周囲に心を開かない男性がいました。

ご高齢で、しかも独身。
着てくる服は、前回施設で着替えた時のままの状態。(1週間以上経ってる)
アルコール依存症で、排泄も満足に自分でできないらしく、それはもうひどい臭いをさせていて、何を話し掛けても無関心、または乱暴言葉での返事しか返ってこない。
約束の時間に自宅に迎えにいっても、泥酔状態で、とてもじゃないけど施設に連れてくることが出来ない状態の時さえありました。

寮母として勤務し始めたばかりの私は、この人のことを少しでも理解しようと、それまでの職歴・経歴などが記載された個人ファイルを読んだり、他の先輩職員にアドバイスを貰ったりしたのですが、どうも誰の手にも負えない「困った存在」だったらしいのです。

そしてある日、Aさんを迎えに行った職員から連絡があり、Aさんが自宅で転倒して大怪我をされそのまま入院、私の勤める施設をもう利用されなくなるということを聞きました。

正直、その時は“なんだか分からない人だったな”っていう感想しかなかったのですが、その後、なぜか私が上司から呼ばれ事のAさんについての詳細を教えられました。

「桃香さん、Aさんはね、広島の原爆の被爆者なのよ」

「えっ・・」その時私は思わず絶句してしまいました。

もちろん、差別するとかそういう気持ちはまったくありません。
ただ、まさか自分の身近にそういう体験をした人がいるとは思っていなかったから、そういう意味で驚いてしまったのは事実です。
上司は続けてこう言いました。

「あの原爆で、Aさんのご家族、ご親戚の方々は全員亡くなられたそうです。
Aさんだけが、重傷を負いながらも奇跡的に助かったんだけど、その後、身よりもないAさんはなんとか食べていこうと思って、ありとあらゆることに手を出し、必死に生きていこうとしたんだけど、どんなに頑張っても、いつも“被爆者”ってことで、いわれのない差別を受けてきたんだって。恋愛や結婚やに関してもそう。
いくら頑張っても報われない人生に嫌気がさして、そのうちお酒に溺れるようになったのね。
いまでは、被爆された方々を差別するなんてことないけど、Aさんの中ではずっと戦争は終わってないの。
原爆が落ちた時から、Aさんの時間は止まってるのよ。
あなたにとっては扱いにくくて不快な人だったと思うけど、1人の人間と接する時、その人の人生に何があったか、ファイルを読んだだけじゃ計り知れない何かがあるっていうことを心に止めておいてくださいね」

そっか、そうだったんだAさん・・・
「じゃぁ、お世話する前に職員にヒトコト伝えておいてくれれば、こちらの接し方も違ったんじゃないですか?」
という私に上司は

「だからあえて言わなかったのよ。「原爆の被害にあった可愛そうな人」っていう態度で特別扱いすれば、Aさんにとってまたそれが差別に受け取られるかも知れないでしょ」

確かにそうかもしれない。
甘いなあたし・・・
私がこと時ほど“戦争は終わってない”と強く感じた事はありません。

以来Aさんとは音信普通です。
退院されて、住んでたアパートを引き払ったってことは聞いたのですが、今、どこでどうしているのか、お元気でいらっしゃるのか全くわかりません。
今年もまた8月になり、原爆投下の日を迎えます。
Aさん、どこかでまた辛い日を迎えているのですか?
Aさんの時計は60年たっても動いてくれませんか?

今更アメリカに恨み言を言ったって、過去が消せる訳じゃないし、亡くなった人は戻ってきません。
「原爆のことでアメリカが全く憎くないのか?」と聞かれれば、「そのことは、もう忘れました」なんてことは言えない気持ちだってあります。
でも私は、だからといって今の時代をを生きるアメリカ人に罵声を浴びせたりしないし、礼儀を欠いた態度で接するということはしません。
お互いの国交で抱えてる問題も沢山あるけど、せめて国民同士は理解しあえる関係でいたいと思っています。
中国の人達にも、そういう風に思ってもらえたらいいんだけどな。






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